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額田王(ぬかたのおおきみ)は、、、

  • tootake
  • 2 時間前
  • 読了時間: 5分

第1084話


前回:額田(ぬかた)と糟屋~福岡県で、額田王(ぬかたのおおきみ)の父親は、額田鏡です。額田王=額田鏡=偉那(イニエ)=御牧入彦(ミマキイリヒコ・イニエ:崇神天皇=台与ということですと書きましたので、そのことを検証してみます。


額田王は、飛鳥時代の人で、631年(舒明天皇年)頃の誕生と推定されています。台与の卑弥呼が死んだとき(AD248年)に13歳でしたから。AD235年の生まれです。

年代が全く異なるとの指摘は当たりません。このブログでは、古事記、日本書紀は歴史書ではなく当時の権力者(藤原不比等)によって書かれた創作物としています。


古事記の筆者たち(=藤原不比等の配下のグループ)にとっても、私たちにとっても、額田王も台与も過去の人間である点では同じなのです。古事記は、和銅5年(712年)。日本書紀は養老4年(720年)に完成ですから、額田王は台与をモデルとして創作されたとすることは可能なのです。


日本書紀では、父親が額田鏡=偉那(イニエ)であること以外はすべて不明です。

大海人皇子(天武天皇)に嫁したとされていますが、大海人皇子(天武天皇)は台与です。


額田王の出生地に関しては大和国平群郡額田郷や島根県東部(出雲国意宇郡)とする説があります。近鉄電車でいえば石切神社のある石切駅の次が額田駅です。石切神社は、私が台与とするニギハヤヒ・ウマシマジを祀っています。


出雲国意宇郡(淤宇)も、第1034話:出雲の誕生:出雲と台与(3)で書いたように、台与・ウツシコオと関連の深い地です。


額田王は歌人としても知られおり、その作品は万葉集にも掲載されており、とくに

「茜指す紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る」が有名です。


このブログでは、様々な歌人が登場しています。


第398話:衣通姫(そとおりひめ)で書いた衣通姫は、和歌の名人です。

衣通姫の作った歌と柿本人麻呂の内実は同一といわれています。参照:古事記 衣通王(衣通姫)の歌~原文対訳 - 古典の改め (jimdofree.com)

第377話:猿丸幻想(2)~柿本人麻呂では、柿本人麻呂は、ウツシコオ(内色許男命)スサノオ(津田の王=難升米としています。

第376話:第376話:猿丸幻想(1)でも猿丸大夫はウツシコオとしています

第429話:山部赤人は台与!では、歌が詠めることが天皇家の血筋であることを示すと書きました。

第843話:hidemaru3375.com/post/蝉丸神社と逢坂関では、蝉丸関蝉丸神社がウツシコオと台与に関係の深い地であることを述べました。


これらの歌人の歌を分析すれば何かがわかるかもしれませんませんが、時間がかかるので今はしません。そういえば、第419話:黄門様がやりたかったことでは、

水戸黄門が和歌(万葉集)や古事記・日本書紀、勘注系図を研究したのは、邪馬台国の謎を解き明かそうとしたからではないでしょうか。と書いています。


万葉集にも掲載されている額田王の「茜指す紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る」

の「紫野」は「禁野(しめの)」のです。大阪府枚方市には禁野(きんや)の地名があります。


大阪府枚方市禁野は私が邪馬台国とする地です。~第4話:発見!! 邪馬台国~枚方市禁野 速報~枚方の「禁野本町遺跡」で「道路跡」見つかる


額田王が絶世の美人であったというのは小説などでは通説となっています。

衣通姫(そとおりひめ)は、その美しさが衣を通して輝くことからこの名の由来となっています。

小野小町も絶世の美人で歌人です。しかも小野氏ということは、小野小町も台与なのでしょうか。蝉丸神社の本殿裏の細い山道の入ロに、小野小町塚があります。


ところで「麗美嬢子」といういかにも美人でありそうな人物がいます。その正体とは→次回で紹介する予定です。


これまでの記事はこちらです。


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※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています

・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。

※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。

 ~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。

記紀の登場人物をスサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。

※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。

神武天皇と八咫烏、タケミカズチとフツヌシ、神功皇后と武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、

アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)

聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)

※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。

※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。

・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。 


<目次>




 
 
 

1件のコメント

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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
2時間前
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<台与シリーズ>

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