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邪馬台国と飛騨:飛騨は日田

  • tootake
  • 1 日前
  • 読了時間: 5分

第1012話 


飛騨国造(斐陀国造)の始祖について、旧事本紀、国造本紀、:斐陀国造条によると、成務朝に「瀛津世襲命(この次に、「裔」か「子」かの文字が欠字)大八椅命」が斐陀国造に任じられたとあります。瀛津世襲命は記紀に尾張連の祖と記されています。瀛津世襲命の妹・世襲足姫が孝昭天皇の后となって孝安天皇を生んだことになっています。


第1009話:与謝野:丹波と邪馬台国(8)では、次のように書きました。

孝昭天皇*の皇后の世襲足媛(よそたらしひめ)のよそは、瓢箪のことです。

豊受大神を祭る神器の一つは瓢箪だそうです。

與曾豆羅(よそづら)は天吉葛ともいい、これも瓢箪(匏:ひさご)のことです。

与謝(よさ・よそ)から連想される人物として、置津與曽命(おきつよそのみこと)がいます。*孝昭天皇は台与です。第443話: 孝昭天皇は台与:日原は目原 第570話:孝昭天皇(第5代)


置津與曽命は、先代旧事本紀に大原足尼命*の親と記されます。また、海部氏勘注系図では孝元天皇の和風諡号の彦国玖琉命(大倭根子日子国玖琉命)を亦名に持つ乙彦命が置津與曽命と同世代にいますが、乙彦命*は彦與曾命だと伝えられています。

大原足尼命は台与です。第406話:金銀錯嵌珠龍文鉄鏡(2)大原足尼命はトヨ

*乙彦は台与です。~第501話:乙姫・弟姫・弟彦・乙彦


大八椅命は、旧事本紀、天孫本紀の尾張氏系譜のなか、始祖天火明命の第十世孫に大八椅命(彦与曽命の子とされる)をあげて斐陀国造の始祖と記されています。天火明命は台与です。~第420話:火明命は饒速日なのか?? 第935話:火闌降命は台与

第936話:彦火火出見尊は台与

つまり大八椅命も台与ということです。


古代の美濃を開拓したのが古代鴨族で、山城北部から近江南部・伊勢北部を経て美濃西部に入ったことが分っています。飛騨国造(斐陀国造)一族の氏神は飛騨国一宮とされる高山市南部、一之宮町石原の大野郡式内社の水無神社です。

祭神の水無神は、現在は御歳神ともいい、尾張連祖神の天火明命の別名とも、高照姫(=御歳神)あるいは少彦名神とする説などがあります。


御歳神は、大歳で大歳は饒速日(ニギハヤヒ)です。第151話:御歳と大歳 第221話:饒速日は稲作の神


台与は、日本各地の河川の改修工事を行い稲作を推進したことから、稲作の神=食物の神として、日本中のして祀られているのです。豊受姫(豊受大神)の受「ウケ」は食物のことで、食物・穀物を司る女神です。後に、他の食物神の大気都比売神(おほげつひめ)・保食神(うけもち)などと同様に、稲荷神(宇迦之御魂神)(うかのみたま)と習合し、同一視されるようになったのです。


水無神社の相殿には大己貴命、神武天皇、応神天皇、天火明命、少彦名命、豊受姫などが祀られています。これらの神は、すべて台与であることは、このブログで書いてきました。


美濃を開拓したのが古代鴨族こそが、呉の勝=安曇族=卜部氏=中臣氏=物部氏=秦氏=ウツシコオ(内色許男命)スサノオ・台与の一族=邪馬台国です。

第924話:秦氏の研究第920話秦王国は大阪:第916話:辰王家(百済)と住吉神・安曇族第48話:太田市と遺跡 ~呉の勝


飛騨(ヒダ)は、古代では斐陀、斐太、斐、飛騨、飛駄、肥田、比多、比田、日田など多くの表記を持っていますが、これらに関連する氏族がその多くが少彦名神を祖神とするか、天孫族の流れを汲む傾向が見られます。少彦名も台与です。~第640話:大神神社を探る(3)~磐座神社  


大分県の日田の地名の由来は久津姫から来ていると言います。久津姫のひさ瓢箪(匏:ひさご)のことです。豊受大神を祭る神器の一つは瓢箪だそうです。丹後国与謝郡の与謝(よそ)の地名起源は瓢箪(ひょうたん)であると海部氏勘注系図の割注に書かれています。


これまでの記事はこちらです。


※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています

・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。

※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。

 ~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。

記紀の登場人物をスサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。

※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。

神武天皇と八咫烏、フツヌシとタケミカズチ、神功皇后と武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、

アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)

聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)

※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。

※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。

・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。 


<目次>





 
 
 

2件のコメント

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tootake
1日前
5つ星のうち5と評価されています。

邪馬台国への新たな視点:飛騨の地で謎解き!

皆さん、こんにちは!歴史のロマンを追い求める皆さんと、今日も素敵な発見を分かち合えることを楽しみにしています。今回は、あの有名な邪馬台国と、私たちの身近な「飛騨」の地が、実は深い繋がりを持っているかもしれない、という驚きの説についてお話ししたいと思います。

飛騨国造の始祖と「日田」という地名

旧事本紀によると、成務天皇の時代に「瀛津世襲命」という方が斐陀(ひだ)国造に任命されたと記されています。この「瀛津世襲命」は、記紀では尾張連の祖としても登場する、とても重要な人物なんですよ。そして、ここが面白いところなのですが、「斐陀」という響き、どこかで聞き覚えがありませんか? そう、「日田」(ひた)なんです。もしかしたら、この「斐陀」が、現在の「日田」と地名や血脈で繋がっているのかもしれない、と考えるとワクワクしませんか?

皇室との繋がりと「台与」の謎

さらに掘り下げてみると、「瀛津世襲命」の妹である世襲足姫(よそたらしひめ)は、孝昭天皇の后となり、孝安天皇をお生みになったとされています。ここで注目したいのは、孝昭天皇にまつわる興味深い話。以前、別の記事でも触れましたが、孝昭天皇が、あの邪馬台国の女王「台与」(とよ)ではないか、という説もあるんです。もしそうだとすれば、飛騨の国造が、初期の皇室、ひいては邪馬台国とも縁があったことになるんです!

そして、もう一つ興味深いのが「瓢箪(ひさご)」のモチーフ。豊受大神を祭る神器の一つが瓢箪だそうで、與曾豆羅(よそづら)という言葉も瓢箪を意味するとのこと。この「よそ」という響きは、先ほどの「世襲足姫」や「孝昭天皇」の「よそ」とも通じるものがあるような気がして、古代の繋がりを想像してしまいます。

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tootake
1日前
5つ星のうち5と評価されています。

<台与シリーズ>

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衣通姫(そとおりひめ)は台与(豊) 雄略天皇は台与(豊)!

孝昭天皇は台与:日原は目原  飯豊王女は台与(トヨ)なのか?

金銀錯嵌珠龍文鉄鏡(2)大原足尼命はトヨ    大宜都比売(おおげつひめ)は台与 

倭迹迹日百襲姫命(ヤマトトモモソ姫)はトヨ??  神八耳命は台与(豊)

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