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大神神社を探る(3)~磐座神社

  • tootake
  • 4月2日
  • 読了時間: 6分

更新日:4月2日

第640話 #少彦名 #台与 #鳥取氏


磐座神社(いわくら)前回書いた狭井神社の北側にあります。拝殿の半径200mより内側にある神社(摂社)です。三輪山周辺に点在する辺津磐座(神が鎮まる岩)の中心です。

社殿がなく、神の鎮まる頑固な岩(磐座:いわくら)をご神座としています。

祭神は、少彦名神「神農さん」とも呼ばれる少彦名神です。


少彦名神は大国主と同時に記紀が創作されたときに、おまけとして創作されたのでしょう。

大国主は、大穴持ちで、穴は鉱山のこと、大穴(おおあな)が「おおな」に変化し大名となり、それに対比して小名が創作され少名(すくな)となり、少名彦となり少彦名となったのです。孝元天皇の子に大彦命と並んで少彦男心命の名が書かれています。大彦=大国主、少彦男心命=少彦名神というわけです。


大国主神 – 國學院大學 古典文化学事業では次のよう書かれています。古事記ではオオナムチ(大穴持ち)が大国主神と名が変わった後、少名毘古那神と国作りを行いますが、「大穴牟遅(大穴持ち)と少名毘古那と二柱の神、相並に此の国を作り堅めき」とあるように、ここのみ大国主神の名ではなく大穴牟遅神が記されています。これは、少名毘古那神と一対の関係にあるのが大穴牟遅神であったと捉えられていたためで、古事記の場合、元来あった(実在した)二神*の神話を大国主神の名の下に習合したことから上記の箇所のみ神名が異なると考えられています。*元来あった二神の神とは、スサノオウツシコオ(内色許男命)と台与(豊)です。


磐座神社の磐座(いわくら)とは、古代より神として信仰されている巨大な岩のことです。磐(岩)は台与のキーワードです。~磐衝別命と健磐龍命


・大阪府交野市に巨石があり饒速日(にぎはやひ)が天下った船神社になっています。

熊野にあるゴトビキ岩(神倉山)が速玉大社の本宮です。祭神は高倉下です。

~第543話:熊野の神々は、、、

高倉下(たかくらじ)=大彦=台与です。倉下=倉治(くらじ)は大阪府交野市の地名です。


少彦名命は建国の途中でが常世に去ったとされ、大国主(大己貴神)は「これから一人でどうやって国を造れば良いのか」と嘆きましたとされていますが、別の説では大己貴神は自分一人でこの国を作ったと言った嘯いていると、大国主は海を照らしてやって来る神(幸魂奇魂)に諭されています。この幸魂奇魂*は少彦名命(スクナビコ)で、三輪の神=大物主とされています。出典:佐藤陽太「神武天皇と卑弥呼の時代」p198

ということは少彦名命(スクナビコ)=台与は三輪の神となってしまいます。

奇魂は奇跡によって直接人に幸を与える働きであり、知識才略、学問、技術を表します。


少彦名は大阪の道修町(どしょうまち)で神農大神(しんのうさん)として薬の神様になっています。これは少彦名(=台与)が秦氏の知識を持っていた証でしょう。


少彦名命は、医薬、温泉()、穀物、知識、酒造の神など多様な性質を持つとされています。


第29話:少彦名命 鳥飼→鳥取で書いたように少彦名命は鳥取氏の祖神とされています。

鳥取郷は大阪府です。鳥取部の姓を賜った河板挙(あめのゆかわたなが祖先の角凝命(つのこりのみこと)を祭神としています。この天湯河板挙は天湯河桁命、天湯川田奈命、天湯川田神とも表記されます。角凝命は賀茂建角身命(タケツノミ)=ウツシコオと思われ、河板挙は台与でしょう。


折口信夫は、風土記の古代生活という著作で、「水の女」という説を唱えています。それによると、常世からの水をあびて心身を若返らせる行為を禊(みそぎ)といい、その水は温かいもので「」と呼ばれ、「禊」の場所は海へ通じる川の淵であり、そこを「湯川」と呼んだ。つまり、「天湯河板挙」とは、「白鳥を追いつつ、禊ぎを求めていった」という意味なのだと解釈しておられます。


これに対し、吉田東伍は「桁」(たな)とは和泉国日根郡鳥取郷にあった古い地名であるとしています。谷川健一は、上記の折口、吉田の説をあげつつ、金属精錬と鳥の伝承との間には深い関連性があり、溶鉱炉から流れ出してくる金属を「湯」と呼び、金属器の精錬に適した水辺を捜し求める人物であったのではないかとも述べています。

「湯坐」の語に「融解した金属の湯」の意味が隠されていると指摘し、天湯河板挙と少彦根命との関連性などもあげ、雷神である饒速日(にぎはやひ)*を祖神とする物部氏は鳥養部を管轄していたのではないか、と見ておられます。*台与は饒速日②~交野市倉治


2024年2月に敢國神社と大彦という記事を書いたときはは大彦と少名彦が同じ神社に祀られているのが不思議でしたが、今はよく分かります。この時なぜ敢國神社を取り上げたかというと、その頃は、秦氏と関連のある神社に興味があったからです。敢國神社が鎮座する南宮山は、古代の神奈備(神が宿る山)として信仰されており、秦氏の祭祀活動が行われた場所とも考えられています。


敢國神社は、少彦名命とともに金山比咩命(かなやまひめのみこと) も祀られています。金山毘売神は台与であることは、第476話:金華山と百済王敬福で書きました。


上記により、少彦名命=天湯河板挙=金山毘売神(金山比咩命)=台与であり、鉄の神(溶鉱炉=ホト)=ホトタタライスケヨリヒメ(五十鈴)であることが分かります。


磐座神社の祭神は、本来は高倉下であるべきなのですが、なぜか少彦名大神となっているのがこの神社のポイントです。高倉下=少彦名=台与(豊)であることがよくわかります。

そして交野市の倉治(くらじ)の近くにある磐船神社の祭神が饒速日(にぎはやひ)であることから、高倉下=饒速日=台与となります。


関連項目:第463話:少彦名大神(スクナヒコ)は台与!

    :第562話:大国主:創られた神

    :第201話:敢國神社と大彦

    :第552話:敢国神社2~稚き児の宮


※これまでの記事はこちらです。


<大神神社シリーズ>


※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。

・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、高槻、枚方、交野です。

記紀の登場人物をスサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)、卑弥呼、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。

・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。 


<目次>







 
 
 

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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
Apr 01
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