甲斐国と丹波:橋立明神
- tootake
- 1 日前
- 読了時間: 7分
更新日:17 時間前
第1090話
山梨県の国名である「甲斐」を名乗る甲斐奈神社は、三社あります。
それは、甲斐奈神社という神社で、笛吹市に二社、甲府市に一社あります。それぞれ祭神が異なり、笛吹市は、彦火火出見尊と大己貴命と甲府市では木花之佐久夜毘売、菊理姫命です。これらの神については、この何度もブログで登場しています。
彦火火出見尊=大己貴命=木花之佐久夜毘売=菊理姫命=台与です。
~第936話:彦火火出見尊は台与
菊理姫命については、つい最近、第1086話:平泉寺白山神社と菊理媛で書いたばかりです。
笛吹市一宮町橋立鎮座の甲斐奈神社(林部宮)は、甲斐国総社とされ、「橋立明神」と呼ばれて大きな権威を持っていました。同社の周辺には、甲斐一宮の浅間神社や国分寺・国分尼寺跡が残り、甲斐国の中心地であったことを窺わせています。この橋立明神は丹後国与謝郡(宮津市)の天橋立の中に鎮座して八大竜王(海神)を祀る神社を勧請したといわれていまする。山梨市歌田の金桜神社も、初名を橋立明神といい、塩見足尼*が丹後から勧請したという伝えがあります。橋立明神を祀る地域が、丹後・甲斐以外にないようで、祭祀に基づくと甲斐国造(ないしその一族)は、三丹地方(丹後、丹波、但馬)に繁衍した丹波道主命*の後裔とする説もあります。
但馬国造は彦坐王の子、丹波道主王の流れで、東隣の丹波国造も同様です。丹波国造や丹後の海部直では、系譜を海神族系の尾張氏族に附合する形になっています。
丹波国造・但馬国造の一族は古代の三丹地方に繁衍し、海神族出自を裏付けるように磯部・石部の地名・神社名・氏族名・苗字を名乗ったことは、第1014話:甲斐国と邪馬台国 第1015話:甲斐の磯部で書いています。
*彦坐命(日子坐王)は台代です。~第1008話:日子坐王命:丹波と邪馬台国(7)
日子坐王(彦坐王)の子が、狭穂彦王(さほひこのみこ)です。沙本毘古王(さほびこのみこ、狭穂彦王)は 日下部連祖、甲斐国造の祖とされています。~近現代の系譜研究(宝賀寿男・関晃など)/Wikipedia、先代旧事本紀:甲斐国造条
*狭穂彦は日向土本毘古王*( むこうやま・とほひこ・おう)と同一人物で甲斐国造の祖とされています。*日向土本毘古王は台与です。~第577話: 日向土本毘古王=沙本毘古王は台与
*塩見足尼(しおみのすくね)は、第694話:ヤマトタケルの足跡を訪ねて(4)~酒折宮で登場しています。
ヤマトタケルが甲斐国( 山梨県)酒折の地に立ち寄って営んだ行宮がこの酒折宮です。行在中に尊が塩海足尼を召して甲斐国造に任じて火打袋を授け、「行く末はここに鎮座しよう」と宣言したため、塩海足尼がその火打ち袋を神体とする社殿を造営して創祀したと伝わっています。*塩海足尼(しおみのすくね)は台代の父親であるウツシコオ(内色許男命)=スサノオ(津田の王)=難升米です。ヤマトタケルは台与です。
*丹波道主命=田道間守命=丹波の大縣主:由碁理は、ウツシコオ(内色許男命)=スサノオ(津田の王)=難升米であることは、第1062話:中嶋神社:丹波と邪馬台国(11)で書きました。
橋立明神(京都府宮津市文珠天橋立公園内)は、日本三景の天橋立の中にひっそりと佇む神社で、八大龍王を祀っています。八大龍王=ヤマタノオロチです。
~第412話:ヤマタノオロチは淀川~茨田堤2
素戔嗚(スサノオ)、とよ(台与:豊)は日本各地の暴れ川(洪水)を起こす川の改修工事を行い稲作を促進していくとともに仏教の布教にも関わっていたのです。
日本三景の天橋立についても第1087話:成相寺(2):梵天と小野小町で書いたばかりです。
・成相寺から見える天橋立の西側の海は、阿蘇海といいます。阿蘇は台与の別名です。~第428話:阿蘇都媛は台与
・成相寺は宮津市にあります。宮津姫は、宮簀媛、美夜受比売、宮酢媛命などと表記され、尾張の熱田神宮、関わる重要人物と伝えられるヤマトタケルの后ともされています。
ヤマトタケルは台与です。~第439話:ヤマトタケルは台与
・成相寺の麓で阿蘇海に面している与謝野町の与謝野(よさの)も台与と関係の深い地名です。第617話:大阪と邪馬台国:我孫子(あびこ)では、次のように書いています。
孝昭天皇の皇后の世襲足媛(よそたらしひめ)のよそは、瓢箪のことです。
豊受大神を祭る神器の一つは瓢箪だそうです。丹後国与謝郡の与謝(よそ)の地名起源は瓢箪(ひょうたん)であると海部氏勘注系図の割注に書かれています。~第443話:孝昭天皇は台与です。
甲斐の国に
=========================================
<蛇足の追記>
甲斐国造家がもともと磯部・石部を名乗っており、山梨郡の「いさわ:石和、伊沢」(笛吹市西部の石和地区)の地とも密接に関係しています。
この「いさわ」起ったのが国造末裔の伊沢氏であり、保元の乱の時に甲斐の井沢四郎信景が源義朝随兵で『平治物語』に見え、その子の伊沢四郎家景の姉が武田太郎信義に嫁して、石和五郎信光を生み、後の武田宗家の祖となります。
武田信玄を祀る武田神社の創建は、明治32年です。
武田神社建設協議会が開催され、武田氏館跡の躑躅ヶ崎館、に武田神社が建てられました。
武田神社建設協議会が開催された場所が、甲府市太田町の望仙閣です。
甲府市太田町の太田とは、このブログで何度も書いている呉の勝=ウツシコオ・台与の一族の拠点地です。第924話:秦氏の研究では、呉の勝=安曇族=卜部氏=中臣氏=物部氏=秦氏=ウツシコオ(内色許男命)=スサノオ・台与の一族=邪馬台国としています。
~第48話:太田市と遺跡 ~呉の勝
甲府市に太田という地名があることは、この地にウツシコオ(内色許男命)・台与が居たということです。
甲斐の国に橋立明神(=台与)が祀られているということは、冒頭で書いた彦火火出見尊=大己貴命=木花之佐久夜毘売=菊理姫命=台与であることを証明していることになります。
天橋立のすぐ近くにある籠神社(このじんじゃ:京都府宮津市大垣)の祭神は、彦火明命=彦火火出見尊です。
海部氏系図(勘注系図)では、彦火明命は「亦名、宇麻志眞治命(うましまじ)、亦名、豊饒速日命」と書いてあります。~第729話:ウマシマジ=彦火明命は台与2では、
先代旧事本紀では、天火明命は穂積臣や物部連の祖の饒速日命(ニギハヤヒ)の別名であり、饒速日命と同一神と書いてあります。ニギハヤヒは台与です。
甲斐の国( 山梨県)と私が邪馬台国とする大阪府枚方市の関連については、第757話:甲斐国と甲斐田(枚方)で書きました。その他、甲斐の国についていくつも記事を書いています。
第937話:藤原不比等と田辺史氏(1)甲斐の国造
第1014話:甲斐国と邪馬台国
第1015話:甲斐の磯部
第1089話:甲斐国湖水伝説:曳舟神事
これまでの記事はこちらです。
{広告}
本能寺の変、秀吉の中国大返しを描く、娯楽超大作、絶賛発売中!!
200円です。
※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。
・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。
※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。
~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。
記紀の登場人物をスサノオ(津田の王)=ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。
※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。
神武天皇と八咫烏、タケミカズチとフツヌシ、神功皇后と武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、
アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)
聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)
※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。
※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。
・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。
<目次>




こんにちは。いつもブログを読んでくださり、ありがとうございます。今回は、山梨県の甲斐国に深く関わる「橋立明神」について紐解いてみました。甲斐国総社として権威を誇った甲斐奈神社と、遠く離れた丹後の地。なぜこの二つの地域が結びつくのか、私自身の探究心とともに、古代史の断片を皆さんと共有したいと思います。
橋立明神のルーツを辿る
笛吹市の甲斐奈神社が持つ「橋立明神」という呼び名。これは丹後の天橋立から勧請されたという伝承があるのです。なぜ山梨の地で丹後の八大竜王が祀られたのか、地図と伝承から見えてくる意外なルートを考察しています。
意外な共通点
笛吹市だけでなく、山梨市歌田の金桜神社もまた「橋立明神」と呼ばれていました。丹後と甲斐、この二つの点をつなぐ歴史の糸を、一緒にたどってみませんか?
<台与シリーズ>
hidemaru3375.com/post/天鈿売命(うずめ)は台与(豊)
https://www.hidemaru3375.com/post/かぐや姫は、台与(とよ)
https://www.hidemaru3375.com/post/磐井の乱と台与
https://www.hidemaru3375.com/post/豊受姫(豊受大神)は崇神天皇
https://www.hidemaru3375.com/post/火明命は饒速日なのか??
https://www.hidemaru3375.com/post/豊鍬入姫命-日光と男体山・女峰山
hidemaru3375.com/post/台与と秦氏 敏達天皇は台与(豊)
衣通姫(そとおりひめ)は台与(豊) 雄略天皇は台与(豊)!
孝昭天皇は台与:日原は目原 飯豊王女は台与(トヨ)なのか?
金銀錯嵌珠龍文鉄鏡(2)大原足尼命はトヨ 大宜都比売(おおげつひめ)は台与
倭迹迹日百襲姫命(ヤマトトモモソ姫)はトヨ?? 神八耳命は台与(豊)
饒速日(ニギハヤヒ)は台与①~稲作 台与は饒速日②~交野市倉治
小楯姫は台与:小楯は枚方 四道将軍:日子坐王は台与!
少彦名大神(スクナヒコ)は台与! 大彦は台与!??
ウマシマジは台与! 阿蘇都媛は台与
沼河比売は小楯姫=台与 タケミカヅチは台与!!
ヤマトタケルは台与 瓊瓊杵尊:ニニギは台与
継体天皇はトヨ(台与)??! 継体天皇は台与2~大々杼郷:楯原神社
継体天皇は台与3~田井(寝屋川市) 英彦山と台与