九頭神廃寺史跡公園
- tootake
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第1122話
第1120話:磐余玉穂宮:継体天皇で書いた片鉾の近くに、九頭神廃寺史跡公園があります。枚方市牧野本町1丁目
九頭神廃寺は飛鳥時代後期から奈良時代にかけて建立された古代寺院で、平安時代に廃絶したものと考えられています。字「ドンドン山」付近では、明治20年代には、銅造誕生釈迦仏立像(タンジョウシャカブツリュウゾウ)が発見されたほか、昭和8年には焼けた土壇とともに鉄釘や青銅製品などが出土しています。
昭和58年以降、発掘調査を精力的に実施し、塔跡(瓦積基壇)が発見されたほか、周辺部でも建立した氏族の居館と目される大型掘立柱建物群が検出されるなどの発見が相次いでいます。
久須々美(くすすみ)神社が寺院地の南西角部に隣接して造営されていたことも判明しており、付近一帯は寺院を取り巻く古代の景観を具体的に復元できる、重要な地域として注目されます。外角施設としては、西面大垣によって区画された二つの付属院地(倉垣院と北西院と寺院地内道路などがあります。付属院地は、塔などの中心伽藍周辺部に造営された寺院経営にかかわる施設で、さまざまな役割に分かれていたと考えられています。これら付属院地の検出は地方寺院では初の検出例となるもので、その意義には計り知れないものがあります。~九頭神廃寺史跡東公園 - 枚方市 - LocalWiki
枚方市牧野は、私が「御牧国」すなわち邪馬台国とする地です。
神武天皇は橿原(かしはら)の地で、即位したといいます。橿原とは枚方の柏原(かしはら)のことだと思います。枚方市にかつて「柏原(かしはら)」という地名が記録として残っており、枚方市史や古地図、地名辞典・国土地理院の地名情報などで確認できます。
久須々美(くすすみ)神社の「くすすみ」とはどういう意味でしょう。
熊野三山の一つの熊野那智大社(和歌山県東牟婁郡那智勝浦町)の祭神・熊野夫須美大神はクマノクスビのことであるとする説があります。
第543話:熊野の神々は、、、では、「夫須美=ふすみはクスヒ・クスミ・ムスヒ(産霊)で高御産巣日神(タカミムスヒ)・神皇産霊神(カミムスヒ)のことでもスサノオ(津田の王)=ウツシコオ(内色許男命)のことです。」と書きました。
神名の「クスビ(クスヒ)」は「奇し霊」(神秘的な神霊)もしくは「奇し火」の意と考えられ、熊野大社の現在の祭神は「熊野大神櫛御気野命」ですが、元々の祭神はクマノクスビであったとされています。
「久須々美(くすずみ/くすすみ)」 は、出雲国風土記系の神名・地名語彙「ススミ(須須美)」と同系統の語で、出雲神話の古層に属する“開拓神・荒魂系神格”を示す語素です。
「須須美(ススミ)」を含む神名・地名が出雲国風土記に複数存在することが確認できます。~御穂須須美命の伝承 -石見国邑智郡(オオチ)と信濃国高井郡小内郷(オウチ): 神々の黄昏
富士山本宮浅間大社の境内に久須志神社(静岡県富士宮市)があります。
久須志神社(くすしじんじゃ)は富士山の標高3715mに位置する神社で、祭神は、大穴牟遅神です。大穴牟遅神は大穴持ち=鉱山の経営者=大国主=台与です。
久須々美の語形が極めて近い「須須美(すずみ/すすみ)」が出雲国風土記に複数登場します。
「ススミ」が地名(邑智=オオチ、越智=オチ、小内=オウチ)に転写され、 国譲りに関与した神として伝承されると、島根県出雲市湖陵町差海にある佐志武神社の社殿にあるます。邑智、越智、小内は、ウツシコオ(内色許男命)の「内」であることは、依然述べました。~第392話:村上水軍と越智氏
出雲国風土記系の資料から、ススミ=開拓神・荒魂系神格であることが分かります。
出雲国風土記の記述から、ススミは、 開拓神として郡を開く(邑智須々美命) 、 国譲りの場面に登場する(佐志武神社の伝承)、建御名方神(タケミナカタ)と同一視される場合があります。建御名方神(南方刀美神:タケミナカタ)は台与です。
~第137話:南方刀美神(タケミナカタ) 第992話:タケミナカタはなぜ諏訪に行ったのか?
ススミ=境界を切り開く神・荒魂の力を持つ神とは、日本各地の暴れ川(洪水)を起こす川の改修工事を行い稲作を促進していく、台与とウツシコオの親子のことです。
この「ススミ」が、久須々美(くすずみ/くすすみ)と同語源であると思ってもよいでしょう。
出雲系の地名・神名は、語頭に「ク」「カ」が付加する例が非常に多くみられます。(例:久多美=クタミ、久比須=クビス)。
出雲国風土記に「須須美(ススミ)」 としては、御穂須須美命(みほすずみのみこと)、邑智須々美命(おおちすずみのみこと)が登場しています。御穂は御穂津姫=台与のことです。
第36話:真舌媛は、宗像三女神! ~三島(茨木市)
第602話:宗像三女神と三筒男は、、、
ところで私が住んでいた枚方市の樟葉(くずは)は、久須婆と表記されます。
「くずは」は、古事記、日本書紀では、敗れたタケハニヤス軍の兵士が、恐怖の
余り褌が糞まみれになった事を意味する「糞褌(くそはかま))に由来したとされています。これは、崇神天皇のときに発生したパンデミックを呪ったためでしょう。
樟葉(久須婆)かつては、聖地だったのです。継体天皇が即位したは樟葉です。
神武天皇が即位した橿原(かしはら)とは、、久須々美(くすすみ)神社であったのかもしれません。
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<蛇足の追記>
九頭神廃寺史跡公園の真ん前に美味しいケーキ屋さんがあります。
近くには、関西スーパーもあり、嫁さんが買い物している間に、私はこの九頭神廃寺史跡公園でポケモンGoをしています。
関連項目:第559話: 杉ヶ本神社~郊祀とポケモン
これまでの記事はこちらです。
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※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。
・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。
※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。
神武天皇と八咫烏、タケミカズチとフツヌシ、神功皇后と武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、
アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)
聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)
※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。
※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。
・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。
<目次>



https://ja.localwiki.org/hirakata/%E9%81%93%E6%A8%99%EF%BC%88%E5%89%8D%E5%B3%B6%E8%A1%97%E9%81%93%EF%BC%89 前島街道
<台与シリーズ>
hidemaru3375.com/post/天鈿売命(うずめ)は台与(豊)
https://www.hidemaru3375.com/post/かぐや姫は、台与(とよ)
https://www.hidemaru3375.com/post/磐井の乱と台与
https://www.hidemaru3375.com/post/豊受姫(豊受大神)は崇神天皇
https://www.hidemaru3375.com/post/火明命は饒速日なのか??
https://www.hidemaru3375.com/post/豊鍬入姫命-日光と男体山・女峰山
hidemaru3375.com/post/台与と秦氏 敏達天皇は台与(豊)
衣通姫(そとおりひめ)は台与(豊) 雄略天皇は台与(豊)!
孝昭天皇は台与:日原は目原 飯豊王女は台与(トヨ)なのか?
金銀錯嵌珠龍文鉄鏡(2)大原足尼命はトヨ 大宜都比売(おおげつひめ)は台与
倭迹迹日百襲姫命(ヤマトトモモソ姫)はトヨ?? 神八耳命は台与(豊)
饒速日(ニギハヤヒ)は台与①~稲作 台与は饒速日②~交野市倉治
小楯姫は台与:小楯は枚方 四道将軍:日子坐王は台与!
少彦名大神(スクナヒコ)は台与! 大彦は台与!??
ウマシマジは台与! 阿蘇都媛は台与
沼河比売は小楯姫=台与 タケミカヅチは台与!!
ヤマトタケルは台与 瓊瓊杵尊:ニニギは台与
継体天皇はトヨ(台与)??! 継体天皇は台与2~大々杼郷:楯原神社
継体天皇は台与3~田井(寝屋川市) 英彦山と台与