馬上八幡神社と恐ろしい者
- tootake
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第1129話 #馬上八幡宮 #鷹居社 #宇佐神宮
緒方惟栄(おがた これよし)という人物がいます。平安時代末期の武将で、豊後国大野郡緒方荘(大分県豊後大野市緒方地区)を所領としていました。大神惟基の子孫とされています。大神惟基は、豊後大神氏の祖と伝えられています。
豊後大神氏は、古墳時代に豊国に入り、鷹居社を建立した大神比義(おおがのひぎ)の子孫です。
鷹居社(鷹居神社)は、宇佐神宮の最初の鎮座地で、宇佐八幡信仰の成立における最重要の前段階を担った神社です。宇佐神宮の八幡大神(応神天皇=台与)が最初に祀られた場所=鷹居社 → 小山田社 → 小椋山(現在の宇佐神宮)という三段階の遷座の最初の地点が鷹居社です。
宇佐神宮縁起によれば、八幡大神(応神天皇の御霊=台与)が黄金の鷹となって駅館川の松に降り立ち、大神比義が託宣に従い、鷹居山に最初の社殿(鷹居社)を造営 したとされています。つまり、八幡神が「神として祀られ始めた最初の場所」が鷹居社なのです。
冒頭の緒方惟栄(おがた これよし)は、 大分県杵築市山香町大字下字上坂水にある馬上八幡宮は建久元年(1190)、緒方三郎惟栄が、配所、上野国沼田荘(群馬県)からの帰途、馬上峰の前、立石川のほとりで病み、宇佐八幡宮をこの地に勧請したといわれています。
馬上八幡宮 祭神:仲哀天皇外2柱(『山香町誌(山香町/1982)』より)
この馬上八幡宮のある杵築市山香町(旧:速見郡山香町)には、金山があったのです。山香町の調査によって判明しただけでも 山香町周辺の採掘坑(水平坑・斜坑・立坑)が、100ケ所以上確認されています。中でも馬上金山が有名です。
第899話:宇佐氏と辛嶋氏~宇佐八幡宮では、宇佐神宮とスサノオ=ウツシコオ(内色許男命)=難升米と台与の関係を書きました。
第612話:鉱物資源と邪馬台国(10)~宇佐八幡宮では、宇佐鉱山は大分県にあった鉱山で、金・重晶石が採掘されていました。その鉱山の地名は、大分県宇佐市豊岡で豊がついています。豊前・豊後(福岡県・大分県)はかつては豊国(とよのくに)あるいは豊日別(とよひ・ワケ)と呼ばれていました。豊前国と豊後国に分かれたのは律令制の時代にになってからです。炭鉱のある豊国は、邪馬台国の時代には文字通り豊(台与)の国だったのです。
第966話:多田銀銅山~猪名川町では、台与と多田銀銅山のことを書きました。
第466話:辛国息長大姫は台与!では下記のように書きました。
秦氏(=台与)は、江戸期の三井家に似ています。三井家は京都市に本拠を置き、三井三池炭鉱を経営していました。秦氏は京都の太秦に本拠を置き、古宮八幡宮=田川郡香春町大字採銅所を経営していました。第73話:鬼道はサイエンス ~古代天皇は技術者&ビジネスマンとすると台与(豊)は広岡浅子でしょう。
これらのことにより、緒方惟栄は台与だと思われます。(正確に言うと、台与をモデルに創作された人物)
杵築市山香町の金は、1629(寛永6)年に砂金から発見されたといいます。台与はこれよりもはるか以前に、杵築市山香町に鉱物資源があることを見出していたのでしょう。
杵築市山香町では、金以外にも銀・銅・アンチモンなどが採掘されていました。
緒方惟栄は、平家物語の巻八で「恐ろしい者の子孫」として語られています。
恐ろしいものとは、日向国・高千穂明神の化身とされる巨大な大蛇(蛇神)です。
平家物語の伝承によれば、緒方惟栄の先祖は次のような出生譚を持ちます。
備後国片山里の娘のもとへ、夜な夜な正体不明の男が通っていました。
母が男の正体を探るため、狩衣の襟に針と糸巻(緒環)を付けます。
糸を辿ると、豊後・日向国境の姥岳の岩屋に至ります。
娘が呼びかけると、岩屋から頭から尾まで15丈(約45m)の大蛇が姿を現します。
の大蛇こそが日向国高千穂の明神の神体(化身)です。
この大蛇と娘の間に生まれた男子が「赤切大夫:あかがりだゆう」で、緒方惟栄はその子孫とされています。
この話は、大神神社の大物主の伝説とそっくりそのままです。大物主は台与です。
~第653話:大神神社(16)~大物主は台与!!
緒方惟栄が「恐ろしい者」の子とすれば、「恐ろしい者」はスサノオ=ウツシコオ(内色許男命)=難升米ということになります。台与はウツシコオの子です。
関連項目:第63話:丹・朱を求めた天皇たち
:第715話:大元神社:3歳の台与がいたところ
これまでの記事はこちらです。
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※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。
・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。
※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。
神武天皇と八咫烏、タケミカズチとフツヌシ、神功皇后と武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、
アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)
聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)
※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。
※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。
・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。
<目次>




梅宮大社 - Wikipedia
ウツシコオ
https://www.hidemaru3375.com/post/%E5%A4%A9%E7%8E%8B%EF%BC%88%E5%9C%B0%E5%90%8D%EF%BC%89-%E8%8C%A8%E6%9C%A8%E5%B8%82%E3%80%81%E9%AB%98%E6%A7%BB%E5%B8%82
自玉手祭来酒解神社(たまでよりまつりきたるさかとけじんじゃ)は京都府乙訓郡大山崎町にある神社。通称酒解神社(さかとけじんじゃ、さかときじんじゃ)。 天王山の頂上近くに鎮座する。式内社(名神大)で、旧社格は郷社。
祭神[編集]
大山祇神を主祭神とし、素盞嗚尊を相殿に祀る。
元々の祭神は山崎神・酒解神で、出自は不明であるが橘氏の先祖神であると言われている。素盞嗚尊は、旧天神八王子社の祭神・牛頭天王を、神仏分離にともない改めたものである。
鷹居社と八幡信仰の始まり
宇佐八幡信仰の原点をご存知でしょうか?実は、現在の宇佐神宮に鎮座する前に、神が最初に祀られた場所こそが「鷹居社」なんです。黄金の鷹となり舞い降りた神と、それを受け入れた大神比義氏の絆。ここからすべてが始まりました。
https://bingo-history.net/archives/18359 地神碑について
姓氏と家紋_片山氏
平家物語 百十七 緒環(をだまき)|原文・現代語訳・解説・朗読
<台与シリーズ>
hidemaru3375.com/post/天鈿売命(うずめ)は台与(豊)
https://www.hidemaru3375.com/post/かぐや姫は、台与(とよ)
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衣通姫(そとおりひめ)は台与(豊) 雄略天皇は台与(豊)!
孝昭天皇は台与:日原は目原 飯豊王女は台与(トヨ)なのか?
金銀錯嵌珠龍文鉄鏡(2)大原足尼命はトヨ 大宜都比売(おおげつひめ)は台与
倭迹迹日百襲姫命(ヤマトトモモソ姫)はトヨ?? 神八耳命は台与(豊)
饒速日(ニギハヤヒ)は台与①~稲作 台与は饒速日②~交野市倉治
小楯姫は台与:小楯は枚方 四道将軍:日子坐王は台与!
少彦名大神(スクナヒコ)は台与! 大彦は台与!??
ウマシマジは台与! 阿蘇都媛は台与
沼河比売は小楯姫=台与 タケミカヅチは台与!!
ヤマトタケルは台与 瓊瓊杵尊:ニニギは台与
継体天皇はトヨ(台与)??! 継体天皇は台与2~大々杼郷:楯原神社
継体天皇は台与3~田井(寝屋川市) 英彦山と台与