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飛騨の匠:邪馬台国と飛騨(2)

  • tootake
  • 8 時間前
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第1017話 #勾部猪麻呂


少し話は前後しますが、第1012話:邪馬台国と飛騨:飛騨は日田では、飛騨国造(斐陀国造)の始祖について、旧事本紀、国造本紀、:斐陀国造条によると、成務朝に、瀛津世襲命が斐陀国造に任じられたとあり、瀛津世襲命は、スサノオウツシコオ(内色許男命)または台与で、斐陀(飛騨:岐阜県)も彼らが開発した地であることを述べました。


古代の飛騨が最初に見えるのは、日本書紀の「両面宿儺」の伝承です。この宿儺なる者は、仁徳朝のとき飛騨国に現れた二つの顔と四手四足の身体をもつ怪物(鬼神)であり、動きが敏捷で怪力をもち、皇命に背いて民衆を苦しめたので、仁徳六五年に朝廷が征討軍を差し向け、和珥臣祖の難波根子武振熊命により退治されたと記されています。

しかし、両面宿儺はたんなる妖怪・鬼神ではなく、飛騨国造の祖先の一人であったという説もあります。「宿儺」は「スクナ」の神、すなわち少彦名神(鴨県主・葛城国造や鳥取造などの祖)に通じます。


洞窟から出てきたという伝承は、金属鉱山を探す業を持ったことにも通じます。丹生川村(岐阜県大野郡)は名前のとおり丹砂(辰砂で、硫化水銀のこと)の産地だったとみられています。


両面宿儺を退治したという「ワニ」といえば、水神クンピーラであり、この神は日本では金毘羅さんのことですが、これがわが国の金属祖神であり、美濃国一宮の不破大社で祀られています。金毘羅は大物主で、大物主は台与です。~第653話:大神神社(16)~大物主は台与!! 第211話:金刀比羅神社(こんぴらさん)では、


第555話: 両面宿儺は、、、ではスサノオウツシコオ(内色許男命)と台与のことであると書きました。


第834話:穂高・佐久・上高地:地名の由来では、地祇のように書きました。

頼光日天皇の一人である碓井貞光は「樵(きこり)に身をやつし」ていたのは、碓井貞光も「杣(そま)」だったからでしょう。千駄木という地名からも、穂高では、古代から中世にかけて存在した木こり(林業従事者の集団)がいたのです。この杣(そま)も台与の支配下にあった土蜘蛛*であったのです。と書きました。*碓井貞光~第833話:碓井貞光~頼光四天王(4)

*土蜘蛛は、台与の配下の土木労働者です。~第824話:穴太寺と穴太衆=土蜘蛛


上古の美濃を開拓したのが古代鴨族*で、山城北部から近江南部・伊勢北部を経て美濃西部に入ったことが分かっており、これが全国の「木地師」とも深い関係をもつことが分かってきた。*鴨族はウツシコオ・台与の一族です。~第894話:二つの三嶋鴨神社


宿儺伝承に関係深い高山市の丹生川町一帯は、近代に至るまで飛騨木地師の本拠地でした。飛騨木地師の先駆けとされる勾部猪麻呂は安閑天皇(勾大兄)の御名代の勾部を姓氏とすることから、飛騨国造の一族の出とみられています。天平勝宝・天平宝字年間に東大寺と石山寺(天平宝字六年〔七六二〕)の二大造営工事が行われ、この工事に従事して功績の大きかった工匠・勾猪麻呂は従八位上の位階を授かり、その任期後も都に留まって興福寺や恭仁京などの建設にも関与したとされています。正倉院文書に所収の天平宝字六年(七六二)正月の造石山院所の文書には、「木工散位寮散位従八位下勾猪万呂、年、斐太国」と見え、その少し後ごろとみられる「奉写一切経所上日帳」に、「従八位上勾部猪麻呂、年五十三、飛騨国荒城郡人」とあります。この飛騨木地師の先駆けとされる勾部猪麻呂が飛騨の匠の元祖のようです。


勾部猪麻呂がウツシコオ・台与と何らかの関係がるのではと思って調べてみると大変なこと*が分かりました。出雲風土記意宇郡安来郷には、天武三年(甲戌、674)のこととして語臣猪麻呂の説話が出ているのです。勾部猪麻呂が語臣猪麻呂だとすれば出雲*と関係があることになります。*このブログでは、出雲は島根県の出雲ではなく近畿各地にある台与にゆかりのあるとのことです。~第41話:出雲神話の真実 第408話:出雲の神々の正体! 第674話:伊豆・出石・出雲


*大変なこととは、、→次回に続く


これまでの記事はこちらです。


※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています

・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。

※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。

 ~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。

記紀の登場人物をスサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。

※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。

神武天皇と八咫烏、タケミカズチとフツヌシ、神功皇后と武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、

アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)

聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)

※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。

※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。

・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。 


<目次>








 
 
 

3件のコメント

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tootake
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tootake
8時間前
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飛騨の匠:邪馬台国と飛騨(2) 〜古代の謎を解き明かす旅へ〜

皆さん、こんにちは! 古代飛騨の深遠な謎に迫る新しい記事を書きましたので、ぜひご紹介させてくださいね。

飛騨の地が語る、太古の物語

最近、古代の飛騨について調べていると、本当に不思議で面白い発見がたくさんあるんです。特に、日本書紀に登場する「両面宿儺(りょうめんすくな)」という、なんともユニークな存在。四つ手四足で二つの顔を持つという、まるで伝説の生き物のような彼ですが、これがただの怪奇譚ではないらしいんですよ。旧事本紀などの記述を紐解くと、彼が古代飛騨の開拓、そして「匠」としての技術と深く結びついている可能性が見えてくるんです。

両面宿儺は、ただの鬼神だったのか?

実を言うと、「宿儺」というのは「スクナ」という神様、つまり少彦名神(すくなひこなのかみ)にも通じる名前だという説があるんです。洞窟から現れたという伝承は、もしかしたら鉱物資源、特に金属鉱脈を見つける技術を持った人々、つまり「匠」の祖先を示唆しているのかもしれません。古代の飛騨が、金属加工の中心地であった可能性を考えると、これはとっても興味深い視点ですよね。

邪馬台国との繋がり、そして「匠」の系譜

そして、この飛騨の地が、あの有名な邪馬台国とどう繋がってくるのか。国造本紀によれば、飛騨国造の始祖である瀛津世襲命(おきつせそみのみこと)は、スサノオや台与(とよ)にも繋がる存在だとされているんです。古代の飛騨を開発した人々が、邪馬台国と何らかの関係を持っていたとしたら、歴史の謎がまた一つ深まりますよね。こちらの記事では、そんな古代飛騨の「匠」たちが、いかにしてこの地を開拓し、当時の権力と関わっていたのか、その成り立ちを詳しく考察しています。

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tootake
8時間前
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<台与シリーズ>

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