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雅楽と多氏:蘇利古

  • tootake
  • 2 時間前
  • 読了時間: 6分

第1020話


雅楽に、蘇利古という演目があります。蘇利古は、顔に雑面(ぞうめん)という、特徴的な顔を和紙に描いたものを付け、白楚(ずばえ)を手に持ち、襲装束を着け、冠をいただいて舞います。ジブリ作品「千と千尋の神隠し」に登場する油屋の客人・春日様のモデルとなりました。


顔に雑面(ぞうめん)をつけるということで、第462話:秦河勝:摩多羅神はウツシコオ! で書いた牛祭を思い出しました。


秦氏の本拠地である太秦の牛祭は京の三大奇祭の一つに挙げられています。広隆寺大略縁起によれば、三条天皇の御代、長和元年9月11日に比叡山の恵心僧都(源信)が声明念仏を行なっていたところ、仏法の守護神である摩多羅神から「この法会は末世まで絶やしてはならない」と夢のお告げがあり、摩多羅神の祭祀を行いました。その祭祀は、神主が牛に乗っているので「牛祭」と呼ばれるようになったといいます。


摩多羅神は頭に唐制の頭巾を被り、服は和風の狩衣姿、左手に鼓、右手でこれを打つ姿として描かれており、仮面をつけています。また左右の丁禮多・爾子多のニ童子は、頭に風折烏帽子、右手に、あるいはを持って舞う姿をしている。また中尊の両脇にも竹と茗荷があり、頂上には雲があり、その中に北斗七星が描かれています。竹(武・建)、笹、北斗七星はウツシコオ(内色許男命)スサノオ(津田の王のキーワードです。参照:第414話天御中主神:北斗:妙見  第388話:スサノオのキーワードは角と竹と、、

牛は、スサノオの牛頭天王、ウツシコオのキーワードである角に通じます。

摩多羅神は秦河勝とされています。秦河勝は、ウツシコオ(内色許男命)です。ウツシコオ


秦河勝は、聖徳太子の相棒です。前述の蘇利古は、多氏の古伝では仏事、神事の最初に舞う曲です。四天王寺の聖霊会で必ず舞われる舞で、聖徳太子お目覚めの儀式に先立って舞われる為、「太子お目覚めの舞」と言われています。


蘇利古は、別名「竃祭舞」と呼ばれ、竈の神*を鎮める舞と言われます。

古く朝鮮では、酒を醸す(*注1)にあたって必ず先ず井戸と竈の神を祭る習慣があり、「蘇利古」の舞はこの祭祀に起源を持つとされます。*竈の神は、ウツシコオと台与です。下記(注2


そもそも雅楽は、多氏が父子相伝で独占的に担った宮廷祭祀音楽です。

多氏の起源は神武天皇の皇子・神八井耳命の後裔とされる極めて古い皇別氏族です。

第304話:隼人族は呉の勝では、隼人族と「呉の勝」=多氏との共通点が多いことを発見しました。隼人=呉の勝は秦氏です。~第924話:秦氏の研究

第48話:太田市と遺跡 ~呉の勝 第291話:多氏と長脛彦


そして井耳命は聖徳太子であることは、第344話:聖徳太子伝説~堀江と茨田堤で書きました。井耳命=聖徳太子=台与です。

聖徳太子には、徳法大王、厩戸聰耳聖などの別名があります。

そして聖徳太子には八人が同時に話すことを理解したという伝説があります

豊と耳(ミミ)に反応した人が豊=たくさん(人くらい)、(聞く力)

多氏の祖である神井耳命は、人が同時に話すことを理解したという聖徳太子の伝説と合致します。


蘇利古で、なぜお面をつけるかというと、舞を舞う蘭陵王のあまりにも美しい容姿を隠すために付けていたとされます。 顔を見せてしまうと、部下の兵士が見とれてしまって、味方の士気が上がらない。 そこで、怖そうなお面で顔を隠していたというのです。

蘇利古=台与だとすると、台与はよほどの美人だったのでしょう。蘭陵王(らんりょうおう)は、中国北斉の皇族・高長恭諸侯王


*(注1)京都市右京区太秦蜂岡町にある大酒神社では、秦酒公を祭っています。

丹後国風土記に「天女 酒を嚙み造り、その酒を一杯飲めばすべての病が治る」とされています。この天女とは豊宇賀能売命、豊受姫、宇迦之御魂神、すなわち台与(豊:トヨ)です。アニメ映画「君の名は、、」で有名になった口嚙み酒はこのことだと思われます。


*(注2)かまど神とは「おくどさん」のことです。

第536話:塞ノ神と佐比の岡とおくどさんでは、次のように書いています。「岐神も道の神です。岐神(クナド、くなど、くなと -のかみ)とは、古より牛馬守護の神、豊穣の神としてはもとより、禊、魔除け、厄除け、道中安全の神として信仰されています。疫病・災害などをもたらす悪神・悪霊が聚落に入るのを防ぐとされる神です。

そして「さいの神」は、竈(かまど)の神ともされています。久那土(くなど)は近畿地方でいう「おくどさん」のことです。なぜ道の神が、竈の神になったかというと、台与(豊)が稲作=農耕の神だらかです。つまり、台与(豊)が塞ノ神(佐比の神)だからこそ、製鉄の神、道の神、竈の神となっていったのです。


これまでの記事はこちらです。


※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています

・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。

※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。

 ~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。

記紀の登場人物をスサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。

※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。

神武天皇と八咫烏、タケミカズチとフツヌシ、神功皇后と武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、

アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)

聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)

※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。

※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。

・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。 


<目次>






 
 
 

2件のコメント

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tootake
2時間前
5つ星のうち5と評価されています。

皆さん、こんにちは!歴史の謎にワクワクする皆さんへ、今日はちょっと不思議で、でもとっても魅力的なお話をお届けします。突然ですが、「雅楽(ががく)」ってご存知ですか?日本の伝統的な音楽や舞のことで、平安時代から続く、とっても高貴で神秘的な世界ですよね。その雅楽の中に、「蘇利古(そりこ)」という、なんともユニークな演目があるんです。私、この「蘇利古」に触れて、古代の歴史がグッと身近に感じられたんです。皆さんも、きっと興味を持っていただけるはず!

「蘇利古」のユニークな姿

まず、「蘇利古」の姿が印象的なんですよ。顔には「雑面(ぞうめん)」という、和紙に描かれた独特のお面をつけて、手に「白楚(ずばえ)」というこれもまた不思議な道具を持って、華やかな「襲装束(かさねしょうぞく)」を着て、冠をかぶって舞うんです。このお面、なんだか見覚えがあるな…と思ったら、なんと、あのスタジオジブリの人気映画「千と千尋の神隠し」に出てくる、油屋のお客さん、春日様(かすがさま)のモデルになったそうなんです!いやはや、こんなところにも古代のロマンが息づいているなんて、感動しました。

古代氏族「多氏」とのつながり

この「蘇利古」のお話、なぜか私の頭の中では、古代の有力氏族である「秦氏(はたうじ)」や、そしてこのブログのタイトルにもある「多氏(おおし)」のことを、どうしても思い出さずにはいられなかったんです。特に、秦氏の本拠地である太秦(うずまさ)で行われる「牛祭(うしまつり)」のことは、以前ブログでも触れましたが、あれもまた、顔に仮面をつけて…という共通点があるんですよね。

牛祭と摩多羅神(またらじん)

そう、秦氏ゆかりの太秦の牛祭は、京の三大奇祭の一つとしても有名です。広隆寺の縁起によると、ある時、比叡山の恵心僧都(源信)が声明念仏を行なっていたところ、仏法の守護神である摩多羅神から「この法会は末世まで絶やしてはならない」と夢のお告げがあり、摩多羅神の祭祀を行いました。その祭祀は、神主が牛に乗っているので「牛祭」と呼ばれるようになったといわれています。摩多羅神は、仮面をつけて描かれることもあり、これが「蘇利古」の雑面と結びつくのでは…?と想像が膨らみます。

歴史の断片をつなぎ合わせる楽しさ

このように、「蘇利古」という一つの雅楽の演目から、古代の氏族、祭祀、そして伝説へと、歴史の糸が複雑に絡み合っているのを感じます。「多氏」や「秦氏」のような古代氏族が、どのように文化や芸能を形成し、現代にまでその影響を残しているのか。こうして、歴史の断片を拾い集め、自分なりに解釈していくのが、古代史ファンとしての醍醐味ですよね!

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tootake
2時間前
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