稗田野神社と稗田阿礼
- tootake
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更新日:3 時間前
第1075話 #縣神社 #蒲田
五穀豊穣の五穀は、「いつつのたなつもの」あるいは「いつくさのたなつもの」とも読みます。実は、古代からその内容は一定しておらず。古事記では、稲・麦・粟・大豆・小豆で、日本書紀では、稲・麦・粟・稗・豆となっています。
今回、取り上げたいのは、稗(ひえ)です。京都府亀岡市稗田野町に稗田野神社があります。亀岡・丹波については少し前に記事を書きました。台与・スサノオ=ウツシコオ(内色許男命)=難升米と関連の深い地です。約3000年程前にこの地に住み着いた人達が現在の稗田野神社の裏にある土盛りの処で、食物の神、野山の神を祭り、原生林を切り拓き田畑を造り、収穫した穀物を供え作物の豊作と子孫の繁栄を祈り捧げたとされています。大和朝廷の基礎が出来上がった和銅2年(709)、丹波国守大神朝臣狛磨が朝廷の指示によって土盛の前に社殿を造営し佐伯郷の産土神として祭り、国の安泰と五穀豊穣を祈ったのが稗田野神社の起源です。
佐伯については、第1047話:佐伯部と蝦夷(1) 第1048話:佐伯氏:佐伯部と蝦夷(2)で書いたように、佐伯氏=蝦夷=隼人で佐伯部、佐伯氏はスサノオ(津田の王)=ウツシコオ(内色許男命)=難升米、台与と関連の深い部族であるとしています。
稗田野神社では、佐伯郷燈籠祭(さえきとうろうまつり)が行われます。
佐伯灯籠とは、祖先の冥福を祈って灯籠を飾る盆行事と五穀豊穣を祈願する神事とが結びついた、貴重な民俗文化財で、京都府亀岡市薭田野町と吉川町にまたがる旧佐伯郷に鎮座する四社の合同祭典とです。かつては、「宇治の県(あがた)は男が通う 男寝て待て女が通う 丹波佐伯郷(たんばさえき)の燈籠まつり」と呼ばれた女の夜這いの祭りでした。
京都府宇治市には、縣神社(あがた)があります。 宇治の県祭(暗闇祭)、暗闇の中で行われ、男女の交歓・夜這いの象徴、境界(アガタ=県)での再生儀礼という特徴を持ち、古代から「性と豊穣の祭り」として知られます。
佐伯郷燈籠祭は、女の夜這いの祭りで、五穀豊穣の予祝祭で、神輿と灯籠の激しい衝突(灯籠追い)=男女和合の象徴で、豊穣・性・再生をテーマとする祭祀です。
佐伯郷燈籠祭(京都府亀岡市)と宇治の県祭(宇治市・縣神社の暗闇祭)には、直接の組織的・歴史的な交流記録は確認されないものの、両者は「夜の性愛・通い婚・男女交歓」を象徴する民俗的構造を共有しています。宇治はウツシコオ(内色許男命)の「内」で台与・ウツシコオの本拠地です。台与は、菟道稚郎子(ウジノワキノイラッコ)です。~第895話:宇治神社と宇治上神社
稗田野神社の境内には、稗田阿礼社もあります。稗田阿礼(ひえだのあれ)は古事記の編纂者とされています。第532話:稗田阿礼は藤原不比等?! では、稗田阿礼は猿女君(さるめ)稗田氏の出です。賣太神社(めたじんじゃ)の「めた」とは猿女田(さるめた)のめたで、猿女は、アメノウズメのことです。アメノウズメは台与(豊)です。
稗田(ひえだ:奈良県大和郡山市稗田町)は天鈿女命を祖とする猿女君稗田氏の本拠地です。
稗=猿女=猿田彦(ウツシコオ)の縁者=台与(豊)ということがよく分かります。台与は、五穀豊穣の神です。稗田野神社の祭神は保食命 (うけもちのみこと)で穀物の起源神であり五穀豊穣、食を司る偉大なる女神です。伊勢の神宮・外宮に祀られる豊受大御神と異名同神です。
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<蛇足の追記>
・がん封じのご利益で有名な稗田野神社(ひえだのじんじゃ)。境内にあるガン封じの樫の木のコブをなでると、癌を封じてくれるご利益があります。
饒速日(ニギハヤヒ=台与)と長髄彦(ナガスネヒコ=スサノオ(津田の王):ウツシコオ)を祀る石切神社も癌封じの神社です。第376話:猿丸幻想(1)で書いた京都府綴喜郡宇治田原町にある猿丸神も。東大阪の石切神社(石切さん)と同じデンボの神様です。猿丸大夫はデンボの神であることから瘤取り爺さんでもあります。
東京都大田区蒲田にも薭田神社(ひえたじんじゃ)があります。
延喜式にも記載された古社で、元々は「蒲田神社」でしたが、「蒲」の古字が「草冠に補」であり、その字で書いていく内に、いつしか「薭」に書き間違えられ、読みも「ひえたじんじゃ」になったといいます。すると亀岡の稗田野神社と全く関係のない神社ということになりますが、この薭田神社は、社伝によれば709年(和銅2年)行基によって創建されたとされています。行基は、このブログではおなじみです。台与のいたと思われる場所には行基が登場するのです。~第727話:山崎橋と邪馬台国等
東京都大田区蒲田の「大田」は、呉の勝の地です。
~第48話:太田市と遺跡 ~呉の勝 第1041話:勝氏:出雲と台与(9) 第304話:隼人族は呉の勝
東京都大田区蒲田の「蒲田」は本当は「稗田」であったというのが私の見解です。
<丹波と邪馬台国>
第1002話:丹波と邪馬台国~兎原
第1003話:天一位 大原神社:丹波と邪馬台国(2)
第1004話:鍬山神社:丹波と邪馬台国(3)
第1005話:出雲大神宮:丹波と邪馬台国(4)
第1006話:丹波国の人々:丹波と邪馬台国(5)
第1007話:かぐや姫:丹波と邪馬台国(6)
第1008話:日子坐王命:丹波と邪馬台国(7)
第1009話:与謝野:丹波と邪馬台国(8)
第1010話:大虫神社:丹波と邪馬台国(9)
第1011話:邪馬台国と丹波(10):阿知江岩部神社
第1013話:扶桑国は投馬国(丹波・但馬)
これまでの記事はこちらです。
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※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。
・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。
※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。
~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。
記紀の登場人物をスサノオ(津田の王)=ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。
※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。
神武天皇と八咫烏、タケミカズチとフツヌシ、神功皇后と武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、
アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)
聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)
※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。
※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。
・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。
<目次>




<台与シリーズ>
hidemaru3375.com/post/天鈿売命(うずめ)は台与(豊)
https://www.hidemaru3375.com/post/かぐや姫は、台与(とよ)
https://www.hidemaru3375.com/post/磐井の乱と台与
https://www.hidemaru3375.com/post/豊受姫(豊受大神)は崇神天皇
https://www.hidemaru3375.com/post/火明命は饒速日なのか??
https://www.hidemaru3375.com/post/豊鍬入姫命-日光と男体山・女峰山
hidemaru3375.com/post/台与と秦氏 敏達天皇は台与(豊)
衣通姫(そとおりひめ)は台与(豊) 雄略天皇は台与(豊)!
孝昭天皇は台与:日原は目原 飯豊王女は台与(トヨ)なのか?
金銀錯嵌珠龍文鉄鏡(2)大原足尼命はトヨ 大宜都比売(おおげつひめ)は台与
倭迹迹日百襲姫命(ヤマトトモモソ姫)はトヨ?? 神八耳命は台与(豊)
饒速日(ニギハヤヒ)は台与①~稲作 台与は饒速日②~交野市倉治
小楯姫は台与:小楯は枚方 四道将軍:日子坐王は台与!
少彦名大神(スクナヒコ)は台与! 大彦は台与!??
ウマシマジは台与! 阿蘇都媛は台与
沼河比売は小楯姫=台与 タケミカヅチは台与!!
ヤマトタケルは台与 瓊瓊杵尊:ニニギは台与
継体天皇はトヨ(台与)??! 継体天皇は台与2~大々杼郷:楯原神社
継体天皇は台与3~田井(寝屋川市) 英彦山と台与