大井川と大井神社:静岡の台与(2)
- tootake
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第1028話 #法多山・尊永寺
箱根八里は馬でも越すが越すに越されぬ大井川と唄われたように大井川は、東海道の最大の難所でした。大井川は、何度も洪水も繰り返したことから、流域では大井川に対する信仰が深く、大井神社が50社以上も分布することが知られています。
静岡県島田市大井町にある大井神社(おおいじんじゃ)は、それらの中で中心的な存在です。一方で大井川は農耕に欠かせない存在です。洪水、農耕と言えば台与です。
台与は、各地の暴れ川の治水工事を行い稲作を行ってきたことは、このブログで延々と書いてきました。
第808話:邪馬台国と大河(1):天竜川:矢奈比売神社
第809話:邪馬台国と大河(2):千曲川:伊豆毛神社
第810話:邪馬台国と大河(3):信濃川:金峯神社
第826話:保津川と葛野大堰では、秦氏=台与の治水工事について述べました。
第1006話:丹波国の人々:丹波と邪馬台国(5)で書いた丹波国桑田郡にある大井神社(京都府亀岡市大井町)は洛西松尾大社から大堰川を遡上した地にあり、洛西にも大井神社が嵯峨渡月橋の近く(京都市右京区嵯峨天龍寺造路町)にあり、大堰川(おおいがわ)の守り神とされています。
静岡県島田市大井町にある大井神社の祭神は、弥都波能売神 (みづはのめのかみ) - 水の神。波邇夜須比売神 (はにやすひめのかみ) - 土の神。天照皇大神 (あまてらすすめおおみかみ) - 日の神で、一体として大井神とされています。
大井神は、第1023話:御井神の系譜:積川神社 第1024話:御井神の系譜(2):越後屋三井家 で述べた御井神と密接な関係があります。
第339話:丹の湖~亀岡盆地は湖だった!!で書いたように亀岡盆地は太古は「丹の湖(にのうみ)」と呼ばれる湖であったといわれています。湖がスサノオ(津田の王)=ウツシコオ(内色許男命)=難升米と台与に開拓されて無くなったときに当地に水が乾き残り、旱魃でも枯れない「大いなる井戸」として永く残ったのが「大井」の名の発祥の由来とされています。
そしてこの井戸に万一のことがあれば平野が湖に戻るか旱魃地帯になると憂いて、井戸の神である木俣神(御井神)*が勧請され祀られることとなったのです。
*木俣神が御井神であることは、第1023話:御井神の系譜:積川神社で書きました。
丹波国桑田郡(亀岡)にある大井神社の境内には「大井」の名残とされる神泉「丹の池(にのいけ)」が今でもあります。
前回の天白磐座遺跡:静岡の台与でも述べたように、行基は台与の後を追って各地に寺を建てています。そこでこの辺りにも行基が建てた寺があるはずなので、大井川付近を探してみると法多山・尊永寺(静岡県袋井市)がありました。高野山真言宗の別格本山です。大井川から少し離ていますが、法多山尊永寺の地は天竜川と大井川のちょうど中間地点です。
天竜川も「竜」が付くことから、かなりの暴れ川だったと思われます。
「竜」は、ヤマタノオロチです。~第412話:ヤマタノオロチは淀川~茨田堤2
*行基~このブログは、邪馬台国が大阪府枚方市であることを証明するために書き続けています。卑弥呼の後を継いで、邪馬台国の大王(おおきみ)となった台与の後をたどっているうちに行基に出会いました。
千葉県我孫子市日秀(あびこ・ひびり)の慈愍山(観音信仰と台与(7)~慈愍山観音寺(千葉)、神奈川県川崎市多摩区堰(伊豆美神社~東京都狛江市)など関東でも行基と台与 が、関与しています。行基は台与を手本として日本各地で治水工事・稲作推進を行ったのです。最近では、第997話:大興善寺~基肆郡(肥前風土記)でも行基が登場しています。
静岡県島田市の大井神社の祭は島田大祭(帯まつり)では、最終日の神輿渡御神事の際の大名行列が知られています。このほか、疫病退散を願う鹿島踊り、子供が長唄に合わせて歌舞伎踊りを披露する屋台等が付いています。鹿島踊り(かしまおどり)は、茨城県鹿嶋市の鹿島神宮に端を発し、千葉県、及び神奈川県西部から、静岡県伊豆半島東海岸にかけてを中心に分布しています。鹿島神宮の祭神は武甕槌大神(タケミカズチ)です。
タケミカズチは台与です。~第441話:タケミカヅチは台与!!
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<蛇足の追記>
・筑後の御井郡にも大堰神社(大刀洗町冨多)があり、筑後川の水神です。
・島根県秋鹿郡ある大井神社は、熊野大神の朝夕の御食を献ずる地に存したとされるています。祭神は水罔象女神(みずはのめ) 、大井乃神です。
水罔象女神は台与です~第616話:鉱物資源と邪馬台国14~弥都波能売神(みずはのめ) 熊野大神も台与です。~第543話:熊野の神々
・茨城県笠間市にある大井神社の祭神は、神八井耳命です。
第202話:茨田堤で書いたように、茨田堤(まんだのつつみ)を築いたのは、仁徳天皇ですが、茨田堤の近くにある堤根神社の祭神は彦八井耳命です。仁徳天皇=彦八井耳命=神八井耳命=台与ということです。
~第537話:神八耳命は台与(豊)
これまでの記事はこちらです。
※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。
・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。
※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。
~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。
記紀の登場人物をスサノオ(津田の王)=ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。
※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。
神武天皇と八咫烏、タケミカズチとフツヌシ、神功皇后と武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、
アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)
聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)
※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。
※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。
・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。
<目次>




大井川と大井神社:歴史の深淵へ誘う旅
皆さん、こんにちは! 歴史の謎を追いかけるのが大好きな皆さんと、今日は日本の古道、東海道の難所として知られる「大井川」と、そこにまつわる深い信仰、そしてあの「台与」の物語に触れる旅にご案内したいと思います。
大井川、その古(いにしえ)の姿
「箱根八里は馬でも越すが越すに越されぬ大井川」という歌にもあるように、大井川は東海道の最大難所でした。その奔流は、洪水も何度も引き起こし、流域の人々にとっては畏敬の対象だったのです。だからこそ、この川への信仰は深く、なんと50社以上もの「大井神社」が点在しているんですよ。今回ご紹介する静岡県島田市にある大井神社は、その中でも特に中心的な存在なんです。
台与と治水の伝承
一方で、大井川は豊かな恵みをもたらす、農耕に欠かせない存在でもありました。洪水と農耕、この二つを考えると、どうしても私たちのブログで繰り返し触れてきた「台与」の存在が浮かんできます。台与は、各地の荒れる川を治め、稲作を広めてきたとされる人物。このブログでも、天竜川、千曲川、信濃川、そして保津川の治水工事と台与(秦氏)の関連について、詳しく見てきましたよね。
大井川の治水と、台与の伝説をつなぐ物語。
京都の丹波国にも、大井神社(京都府亀岡市大井町)や、洛西の松尾大社から大堰川(おおいがわ)を遡った場所、さらに嵯峨渡月橋の近くにも大井神社があることが書かれています。これらの「大井」という地名や神社の存在が、大井川と台与の治水伝説を結びつける、歴史のロマンを感じさせるポイントなのです。
<台与シリーズ>
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https://www.hidemaru3375.com/post/磐井の乱と台与
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衣通姫(そとおりひめ)は台与(豊) 雄略天皇は台与(豊)!
孝昭天皇は台与:日原は目原 飯豊王女は台与(トヨ)なのか?
金銀錯嵌珠龍文鉄鏡(2)大原足尼命はトヨ 大宜都比売(おおげつひめ)は台与
倭迹迹日百襲姫命(ヤマトトモモソ姫)はトヨ?? 神八耳命は台与(豊)
饒速日(ニギハヤヒ)は台与①~稲作 台与は饒速日②~交野市倉治
小楯姫は台与:小楯は枚方 四道将軍:日子坐王は台与!
少彦名大神(スクナヒコ)は台与! 大彦は台与!??
ウマシマジは台与! 阿蘇都媛は台与
沼河比売は小楯姫=台与 タケミカヅチは台与!!
ヤマトタケルは台与 瓊瓊杵尊:ニニギは台与
継体天皇はトヨ(台与)??! 継体天皇は台与2~大々杼郷:楯原神社
継体天皇は台与3~田井(寝屋川市) 英彦山と台与