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鍬山神社:丹波と邪馬台国(3)

  • tootake
  • 1 日前
  • 読了時間: 5分

第1004話


鍬山神社(くわやまじんじゃ)は、京都府亀岡市上矢田町にあります。

社伝によると、太古の昔、丹の湖であった亀岡盆地の南端の黒柄山に八柱の出雲の神々が降臨され、一艘の樫舟にのり、浮田の峡、現在の保津峡を鍬や鋤を使って開削し、水を山城国へ流し、人々が住める肥沃な耕地を造ったと伝え、その時に使った鍬が山のようにうず高く積みあがったことから、鍬山と呼ばれたとも伝えます。


ふるさと亀岡を開拓した先人の偉業を神話として伝えているものです。祭神は大己貴命(大国主命)と誉田別尊(応神天皇)です。


大己貴命(大国主命)が国土を経営されていた時、丹波国は泥湖で、洪水は山を抱き、濁った波は天をも凌ぐほどであった。土人の産業は安からず、そこで大己貴命が当地の黒柄嶽に八柱の神を召して相談をしました。そして泥湖に船を泛べ、鍬を振って保津請田の辺りを疎通されると肥沃な大地となりました。後人はその徳を尊んで当地に祀ったと伝わります。(鍬山神社の由緒:略記より)


このブログでは、台与が日本各地で河川の改修工事を行い、稲作の促進を行ってきたことしてきました。丹波の地名の由来として、「諸国名義考」には「田庭なるべし」とあります。これは、かつて豊受大神宮(外宮)が丹波国真奈井にあり、皇大神宮(内宮)の御食事の稲を作っていた広く平らな場所の意味だといいます。昔は赤米が主流だったので、 「赤い米がたわわに実って風にそよぐさまが赤い(丹)波のようみ見える」というように解釈されています。


つまり、豊受大神=台与が亀岡で大規模な土木工事を行って稲作の推進を行ったということなのです。第425号:秦氏と大山咋神 で述べたように、台与の背後には秦氏が付いていました。秦氏は潅漑用水・港湾の修築まで、農耕・土木・養蚕・機織・鉱山・治水・製銅・精錬・冶金・工芸・酒造・製塩・船運等の技術を持っていました。


第1002話:丹波と邪馬台国~兎原では、土師氏についても述べました。

土師氏は古代の建築土木の総合請負業で、土器づくりや古墳造営のスペシャリストとして知られています。彼らの技術と知識は、土木と建築を合わせたゼネコンのような存在であったことを述べました。


第824話:穴太寺と穴太衆=土蜘蛛では、府道6号線が国道9号線と合流するあたりに第339話:丹の湖~亀岡盆地は湖だった!!で書いた鍬山神社(亀岡市上矢田町)があります。保津峡の開削に使った鍬が山積みにされた地(鍬山)とも鍬を作った地ともいわれています。滋賀県大津市にも穴太という地名があります。(〒520-0114)この辺りは石垣を積み上げる穴太衆がいるので有名です。穴太衆とは、台与(秦氏)の土木事業を請け負う工事人だったと思います。穴太衆は穴=鉱山の掘削もやって土蜘蛛ではないでしょうか。


台与は、土師氏、穴太衆=土蜘蛛を動員して、亀岡の農地を開発したのです。

鍬山神社は、通称として「矢田社」や「矢田宮」とも呼ばれています。

古来より楽田、油田、八日田、相撲田、馬場田、雑用田、奉射田、華田の8種の社領田があり、地名を八田と称しましたとされ、八田は後に源頼政が当地を賜った時に矢田と改め今に至っています。


これらの八田こそは、台与とスサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)=難升米の親子が開発した田なのでしょう。

矢田(ヤタ)は、八咫烏(ヤタガラス)の「ヤタ」かもしれません。

八咫烏はウツシコオです。~第592話:彦狭知の物語4~八咫烏


鍬山神社の祭神は大己貴命(大国主命)は台与です。

誉田別尊(応神天皇)も台与です。~第581話:応神天皇(第15代)は台与


================================

<蛇足の追記>~隠れうさぎ

鍬山神社の境内には、いろんなところに神のお使いの兎ががいます。

兎(兎=菟)は、道稚郎子の「菟」で、「宇治」、ウツシコオ(内色許男命)の「内」と同じ意味を持ちます。第895話:宇治神社と宇治上神社で、宇治神社は、宇治は菟道からきたのであり、それは兎(ウサギ)から来たと公式に説明されています。そして、大分県にある宇佐神宮の宇佐も兎であるとされています。

宇佐(菟狭)氏の末裔で、戦前まで宇佐八幡宮(宇佐神宮:大分県)の宮司を務めた家のご子息である宇佐公康氏は、菟狭は(ウサギ)から来た氏族名だと述べておられます。~第899話:宇佐氏と辛嶋氏~宇佐八幡宮


関連項目:第339話:丹の湖~亀岡盆地は湖だった!!


これまでの記事はこちらです。


※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています

・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。

※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。

 ~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。

記紀の登場人物をスサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。

※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。

神武天皇と八咫烏、フツヌシとタケミカズチ、神功皇后と武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、

アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)

聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)

※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。

※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。

・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。 


<目次>




 
 
 

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2件のコメント

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tootake
21時間前
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物部神社 https://ameblo.jp/keith4862/entry-12510403954.html

〒629-2303 京都府与謝郡与謝野町石川2013

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tootake
1日前
5つ星のうち5と評価されています。

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