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苅田は、フェリー乗り場

  • tootake
  • 2 日前
  • 読了時間: 5分

第956話 #福岡県京都郡 #大阪市住吉区


第949話:八女津媛は台与~福岡県八女市で福岡県の八女市のことを書いてから、最近は北九州の記事を書いてきました。

第954話:神夏磯媛と田油津媛福岡県田川市

第955話:五十迹手(イトデ)と伊都国福岡県糸島郡


そして福岡県京都郡に苅田町があることにやっと気づきました。

苅田とは、第619話:大阪と邪馬台国:苅田(かりた)で、「天之御影神が、加羅から鉱山技術を持って苅田(十市)にやって来た」とされる地です。

天之御影神は、台与です。~第317話:ひょっとこ:火男~天之御影命


福岡県京都郡苅田町馬場には、宇原神社があり、縁起によりますと、

「遠く神代に御鎮座されたものでありまして、御祭神の彦火々出見尊と豊玉姫尊は海神の宮から御遷りになり日向の神田(苅田)にお着きになられたのであります。神話によると、その時の船が化して島(神ノ島)となり、碇が化して巌石(哮石)となりました。この岩は、潮干の折には上部をあらわしていましたが、現在は干拓のため埋められてその姿は見られません。それから彦火々出見尊と豊玉姫尊の御二神は御上陸されました。その路は神ノ島から海岸につづいた砂の道で「みて」と呼ばれ、今は港となっています。


そして大阪の苅田は住吉区にあります。住吉は、神功皇后(台与)と武内宿祢(ウツシコオ)と関係の深い場所で、邪馬台国当時には瀬戸内海から中国、朝鮮に船出する出発点である大きな港であったのです。


私は、学生の頃、田川に親戚がいるので、大阪からフェリーに乗って北九州の行橋に行ったことがあります。つまり、スサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)=難升米と台与も大阪住吉の苅田から、福岡県の苅田へ何度も往復したと思われるのです。


ところで、私が邪馬台国であるとする大阪府高槻市に、筑紫津神社(津之江町北町)という神社があります。祭神は素戔嗚尊(内色許男命=難升米ツシコオ)です。

社殿では、素戔嗚尊が筑紫より東征に向かった際、当地に仮泊し旅程の安全祈願のため道祖神を祀ったのが始まりとの言伝えがあります。

「津之江」の地名については、この神社の社伝に「津とは当時の港のことで、継体天皇の時代に「筑紫」と呼ばれていた九州で起きた磐井の乱の討伐軍を送った津であったのではと考えられている。」とあります。

磐井=継体天皇=台与であることは、第907話:石井源太夫・鳥羽宿禰は磐井=継体天皇で書きました。

そして、高槻も邪馬台国当時は、大きな港であったことは第399話:高槻は、邪馬台国の軍港だったで書きました。


大阪府高槻市の筑紫津神社の現地案内板には、「芥川の中流、自然の低地に流れ、紆余曲折して澱江に入る。高月の西方平坦の地あり土俗此の地に住す。太古素戔嗚尊筑紫より御幸の際、本地に御仮泊、旅程の安全を祈るため、遠祖の神を祀る(上田部の遠祖神社はその古祀という)住民、尊の威徳を敬慕し鎮守の神として奉祀す。筑紫津神社すなわち是なり。」

とあります。芥川というのは、安寧天皇の妃の阿久斗比売(あくとひめ)の「阿久斗」が「芥:あくた」転じたものです。~第191話: 阿久斗比売(アクト姫)と空海

そして安寧天皇は、第568話:安寧天皇(第3代)~大阪市西成区玉出で、安寧天皇=継体天皇=衣通姫=台与と書いています。


これまでの記事はこちらです。


※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。

・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。

※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。

 ~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。

記紀の登場人物をスサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。

※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。

神武天皇と八咫烏、フツヌシとタケミカズチ、神功皇后 武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、

アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)

聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)

※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。

※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。

・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。 


<目次>






 
 
 

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tootake
2日前
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