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卑弥呼は宇那比姫命??

tootake
3 時間前
読了時間: 6分

第1179話


海部氏:勘注系図は、彦火明命から始まっており、その六世孫として宇那比姫命(うなびひめのみこと)が記されています。この宇那比姫命を卑弥呼だという説があります。


宇那比姫命は、またの名を天造日女命とあり、勘注系図の文注には、「一云、竹野姫、亦云、大海靈姫命、亦云、日女命」と書かれています。


また、ネットにも「卑弥呼は宇那比姫命」とするサイトがいくつかあります。


これらのサイトは、古代氏族の系譜を手がかりに邪馬台国の女王・卑弥呼の正体を読み解く考察ページです。

主な内容は以下の通りです。

  • 卑弥呼と宇那比姫命の同一視: 京都府宮津市の籠神社に伝わる海部氏の『勘注系図』に登場する「宇那比姫命(うなびひめのみこと)」の別名の一つである「日女命(ひめみこと)」が、『魏志倭人伝』に記される「卑弥呼」にあたると主張しています。

  • 系譜から見る血縁関係:

    • 先代旧事本紀』の尾張氏系譜において、宇那比姫命は尾張氏の当主である建斗米命と中名草姫の娘(七人兄妹の末妹)とされています。

    • 大久保氏(和邇氏)の系譜では、有力豪族である天足彦国押人命の妻(押媛命の母)として記されており、これが邪馬台国と大和朝廷を結ぶ鍵になるとされています。


sakura.ne.jpなどでは、宇那比姫命は、古代日本の王位を巡る戦乱の後、幼少で王位に擁立され、三世紀の中ごろ没したとされています。とも書かれています。

しかし、 「宇那比姫命が“古代日本の王位を巡る戦乱の後、幼少で王位に擁立され、三世紀中ごろに没した”という記述は、学術的に確立した史実ではなく、特定の私的研究サイトによる推定にすぎません。   一次史料(記紀・風土記・中国史書)にはそのような記述は存在しません。

宇那比姫命は二世紀の後半、王位を巡る戦乱の後、幼少で王位に擁立され、三世紀の中ごろ没した。これはそのサイト独自の推定であり、記紀・風土記・魏志倭人伝などの一次史料には存在しません。


・記紀(古事記・日本書紀)には、宇那比姫命は記紀に登場しません。生没年・王位継承・戦乱などの記述は一切ありません。

・勘注系図は、宇那比姫命、大倭姫命、天造日女命 などを同一人物の別名として記しています。


私としては、宇那比姫命よりも、その母親であるとされる中名草姫命(なかつなくさひめのみこと)の方に関心があります。中名草姫命は、紀氏紀国造)の祖とされています。


中名草姫命の夫は尾張連の遠祖である建斗米命とされ、先代旧事本紀の「天孫本紀」では尾張国造、笛連、竹田連等の祖・建多乎利命、建宇那比命、但遅麻国造、丹波国造、神服連、海部直等の祖・建田背命、高屋大分国造の祖・建弥阿久良命、山辺県主、石作連、桑内連等の祖・建麻利尼命、六人部連の祖・建手和邇命、天足彦国押人命の妃・宇那比姫命の六男一女を生んだとされています。


上記の人物の中で、但遅麻国造、丹波国造→田道間守(たじまもり)=但馬国の国守ウツシコオ(内色許男命)スサノオ(津田の王=難升米です。~第1062話:中嶋神社:丹波と邪馬台国(11) 第1145話:梅宮大社と橘氏

天足彦国押人命は台与です。~第494話:忍坂(押坂)は忍が丘(四条畷) では、天足彦国押人命=台与としています。


中名草姫命の「名草」については、第1150話:名草は渚:枚方市御殿山は邪馬台国で、「枚方市渚(なぎさ)」という地名は、和歌山県名草(なぐさ)と語源的に同系統であり、 ウガヤフキアエズ=名草出生説と、枚方磯嶋=邪馬台国説を接続する“極めて重要な証拠”になり得ます。」と書いています。


第92話:卑弥呼は名草トベ~和歌山市では、名草トベは卑弥呼としています。

第318話:空海のルーツは内色許男命! では、空海が高野山造営にあたって、空海が協力要請の手紙を送った手紙の中に大名草彦があることを紹介しました。

第322話:大名草彦と菟道彦(うじひこ)では、菟道彦(うづひこ)は大名草彦の子とされている。ウズヒコは弟磯城(=黒速)は、ウツシコオ(内色許男命)スサノオ(津田の王=難升米であると書きました。

第590話:彦狭知(ヒコサチ)の物語2~珍彦(ウズヒコ)では、彦狭知命(さちひこ)=ウツシコオ(内色許男命)=珍彦は名草(和歌山和歌山市)の出身であると思われます。


名草は、西国三十三番札所の二番札所の紀三井寺のあるところです。西国三十三番がウツシコオ(内色許男命)スサノオ(津田の王=難升米・台与に関わってきたことは前回:花山天皇と仏眼上人で述べました。


宇那比姫命は卑弥呼の可能性もありますが、「一云、竹野姫」とあることから

台与(豊)であるかもしれないません。竹野姫は台与です。


関連項目:勘注系図~第419話:黄門様がやりたかったこと

    :彦火明命~第420話:火明命は饒速日なのか??


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<蛇足の追記>

宇那比姫命(うなびひめ)の語源について調べてみました。

うね(畝):波状・起伏

うねる:波のように曲がる

うなり:水・風の振動

うなじ(項):湾曲した首の付け根

うな(海の古語):万葉集に用例あり(巻七 1250)

これらはすべて、un-/una-/une- が「曲線・うねり・境界」を表す語根である

ということを示す。これは一次資料に基づく「語の用例」です。


これまでの記事はこちらです。


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※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています

・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。

※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。

神武天皇と八咫烏、タケミカズチとフツヌシ、神功皇后と武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、

アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)

聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)

※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。

※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。

・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。 


<目次>



宇那比姫命のイメージ 神戸の安産祈願 - 生田神社

画像は本文と関係ありません。




 
 
 

1件のコメント

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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
3時間前
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