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出雲と台与(2):アメノホヒ、キヒサツミ

  • tootake
  • 1 日前
  • 読了時間: 6分

第1033話~出雲の祖は台与


古事記によれば、出雲国造の祖は天照大御神の子神・天穂日命(アメノホヒ)と、その子神・建比良鳥命(タケヒラトリ)だとされています。アメノホヒは、農耕神、稲穂の神、養蚕の神、木綿の神、産業の神です。


第563話:アメノホヒは台与(豊)~創られた神2では、次のように書いています。


天照大御神(アマテラス)の子とされ、葦原中国平定のために出雲の大国主神の元に遣わされますが、大国主神を説得するうちに心服して地上(出雲)に住み着き、3年間高天原に戻りませんでした。大国主神の子である事代主神や建御名方神を平伏させ、日本国の支配に成功すると、アメノホヒの子の建比良鳥命は出雲国造及び土師氏らの祖神となったとされています。

記紀によれば、天穂日命は使命を帯びて出雲へ向かったが3年間高天原に戻らなかったため、次の使節が次々と派遣されて、天穂日命の功績はなかったように記されていますが、国譲りの後、大国主を祀る出雲大社の祭祀を司るという功績があるとされています。出雲大社の国造家は天穂日命の子孫と伝えられています。

任務を遂行しなかったというのは記紀の記述ですが、出雲国造神賀詞では、アメノホヒは地上の悪神を鎮めるために地上に遣わされ、地上の様子を天照大神に報告し、子のアメノヒナドリおよび剣の神経津主神とともに地上を平定したした英雄として讃えられています。

アメノホヒは台与でその子とされる建比良鳥命はウツシコオ(内色許男命)です。~天御鳥命(武夷鳥命)は火の鳥


*台与は、建比良鳥命:スサノオウツシコオ(内色許男命)の子か孫です。卑弥呼(天照大御神)の実子であるかどうかは不明。


・アメノホヒ(天之菩卑能命)の後裔氏族として野見宿禰、その子孫として土師氏があり、土師氏から大枝氏(後の大江氏)へと続きます。


・大江は大枝=太子=聖徳太子=台与です。~大枝神社:“たいし”は太子=台与

・大江氏からは中古三十六歌仙と呼ばれる和歌の名人三十六撰に、大江千里、大江匡衡、大江嘉言、女性では和泉式部、赤染衛門(匡衡の妻)らがいます。衣通姫(そとおりひめ)は台与(豊)です。衣通姫は和歌の名人です。


・アメノホヒは農耕神、稲穂の神、養蚕の神、木綿の神、産業の神などとして信仰されており、旧出雲国内だけでなく日本各地で祀られています。台与(=秦氏)は稲穂の神、養蚕の神です。~hidemaru3375.com/post/台与と秦氏 敏達天皇は台与(豊)  饒速日(ニギハヤヒ)は台与①~稲作 


・滋賀県蒲生郡日野町に馬見岡綿向神社があります。祭神は天穂日命(アメノホヒ)と、建比良鳥命(天夷鳥命アメノヒナドリノミコト)です。馬見とはウマシマジのことです。

ウマシは「麗しい」という意味ですので、実名部分は「マチ」「マテ」「マミ」です。

先代旧事本紀には、ウマシマジの誕生譚が書かれており、饒速日は生まれてくる子が「男であれば、味間見命(ウマシ・マミ)、もし女であれば色麻弥命(シコ・マミ)と名付けなさい」と言ったそうです。男女どちらにしても名前はマミ(間見→馬見)です。ウマシマジは台与(豊)です。~ ウマシマジは台与!


アメノホヒが馬見岡綿向神社の祭神であるということは、アメノホヒ=ウマシマジ=台与ということになります。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

古事記では、キヒサツミ(岐比佐都美)も出雲国造の祖と書いてあります。


垂仁天皇の息子である本牟智和気御子が言葉を話せない理由が、出雲大神の御心による祟りであると太占によって判明し、御子は大神を参拝するために曙立王と菟上王を連れて出雲へ訪問する。大神を拝み終えて都へ帰る際、肥河の中に黒い皮のついた丸太橋を作り、仮宮を建てて御子をお呼びした。出雲国造の祖である岐比佐都美が青葉の山を川下に飾り立てて、大御食(おおみけ)を献上しようとした時に、御子が言葉を発して「この川下にある青葉の山のようなものは、山に見えて山ではない。もしかして、出雲の石硐(いわくま)の曽宮(そのみや)にいらっしゃる、葦原色許男大神を奉斎する祝(はふり)の祭場だろうか。」と質問なさった。遣わされた王たちは聞いて喜び見て喜び、御子は檳榔(あじまさ)の長穂宮(ながほのみや)に滞在していただいて、早馬の使者を天皇のもとへ奉った。


第249話:物言えぬ皇子~阿遅須枳高日子では、物言えぬ皇子は、古写本では岐比佐都美を天津枳値可美高日子命としています。


古写本では岐比佐都美を天津枳値可美高日子命としています。出雲国風土記には同じく「高日子」とされるアヂスキタカヒコ(阿遅須枳高日子、阿遅須伎高日子)が登場しており、顎髭が八握(やつか)に伸びても昼夜泣いてばかりで、言葉を発することができなかったと記されています。


ものを言うことのできない御子(ホムチワケ=応神天皇*)という点でも共通しているため、キヒサカミタカヒコ(キヒサツミ)はアヂスキタカヒコ(高日子根)の神話と習合されているのではないかとする説があります。アヂスキタカヒコ(高日子根)と同様に雷神の性格を持つとされるのも同じです。

・アヂスキタカヒコは台与です。~第874話:高負彦根神社:アジスキタカヒコネは台与

・雷神(イカヅチ)はタケミカズチで台与です。~第441話:タケミカヅチは台与


古事記では、誉津別皇子は天を往く鵠を見て何かを言おうとしたので、天皇はそれを見て鵠を捕らえるように命じた。鵠は紀伊・播磨・因幡・丹波・但馬・近江・美濃・尾張・信濃・越を飛んだ末に捕らえられた。


紀伊・播磨・因幡・丹波・但馬・近江・美濃・尾張・信濃・越は、このブログで台与が居た場所として、何度も登場しています。


※応神天皇は台与です。~第581話:応神天皇(第15代)は台与


上記より出雲の祖とされるアメノホヒ、キヒサツミは台与です。

アメノホヒ、キヒサツミは出雲の祖ですから、出雲の祖は台与ということになります。


関連項目:第408話:出雲の神々の正体!


これまでの記事はこちらです。


※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています

・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。

※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。

 ~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。

記紀の登場人物をスサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。

※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。

神武天皇と八咫烏、タケミカズチとフツヌシ、神功皇后と武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、

アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)

聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)

※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。

※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。

・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。 


<目次>








 
 
 

4件のコメント

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大福
14時間前
5つ星のうち5と評価されています。

『台与』は『豊』でもあるんですね。

八幡東区には八幡総鎮守『豊山八幡神社』(とよやまはちまん)があって、由緒では「八幡(やはた)」地名の発祥(起源)とされています。「豊山」だけでは「ゆたかやま」と読むようです。

何で知ってるかというと、私の産土神社だから。😄

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tootake
13時間前
返信先

いつも情報ありがとうございます。

鉄のしめ縄とは珍しいですね。記事になるかも

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tootake
1日前
5つ星のうち5と評価されています。

今回は、前回に引き続き「出雲と台与」をテーマにお話ししたいのですが、特に「アメノホヒ」という神様について、ちょっと深掘りしてみようと思います。皆さんはアメノホヒって、どんな神様かご存知ですか? 実は、あの有名な天照大御神の御子神とされているんですよ。でも、その使命は意外にも…? 私もこのお話を知ったとき、すごく興味を引かれました。

アメノホヒ:出雲への使命と、心移りの物語

古事記によると、アメノホヒは、葦原中国(あしはらのなかつくに)を平定するために、出雲の大国主神(おおくにぬしのみこと)のもとへ遣わされた神様だと言われています。でも、不思議なことに、大国主神のお話を聞くうちに、アメノホヒはその魅力にすっかり心服してしまい、本来の務めを果たさずに、そのまま出雲に留まることを選んだんです。高天原(たかまがはら)への帰還を3年間も遅らせたなんて、一体どんな出会いがあったのでしょうか。神話の世界では、このように使命に背く(?)ような展開が、かえって物語を面白くしていますよね。

アメノホヒは、農耕、稲穂、養蚕、木綿、そして産業全般の神様としても知られています。彼の存在は、単なる神話上の人物だけでなく、古代の人々が大切にしていた営みと深く結びついていたんですね。その彼が、大国主神の元で何を見て、何を感じたのか…想像が膨らみます。

アメノホヒについてもっと読む

出雲国造と土師氏の祖神、そして台与との繋がり

アメノホヒは、大国主神の子である事代主神(ことしろぬしのみこと)や建御名方神(たけみなかたのかみ)といった有力な神々を平伏させ、日本国の支配に成功したとされています。そして、その功績から、アメノホヒの息子である建比良鳥命(タケヒラトリノミコト)は、出雲国造(いずものくにのみやつこ)や土師氏(はじうじ)といった、後の有力豪族の祖神となったのです。出雲大社の国造家がアメノホヒの子孫であると伝えられているのは、まさにこの流れからですね。個人的には、神話の時代から続く血筋や氏族の繋がりを知ると、歴史の深みを感じずにはいられません。

ブログのタイトルにもある「台与(とよ)」との関係性も気になるところですよね。アメノホヒがなぜ台与と結びつけられるのか、そして彼がもたらした影響の大きさを、さらに詳しく知りたい方は、ぜひブログ記事でご確認ください。このブログでは、このように歴史の謎を解き明かすような、 fascinating な(魅力的な)お話をたくさん紹介しています。

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tootake
1日前
5つ星のうち5と評価されています。

<台与シリーズ>

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