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ヤマトトモモソ姫と天五田根命

  • tootake
  • 6 時間前
  • 読了時間: 6分

第1097話


第1095話:八掬脛はナガスネヒコで登場した天五田根命は、越の国開拓を行った天香山命の事業を引き継ぎ、紀伊国から讃岐国に渡り、水上運送などの整備を進めたようです。


香川県高松市一宮町にある田村神社には、田村大神として、天五田根命が祀られています。

田村大神について、中世の書物では猿田彦や五十狭芹彦命を指すとされ、神櫛別命・宇治比売命(注:下記)・田村比売命・田村命など様々な説があります。社殿創建前は井戸の上に神が祀られていたという社伝から、元々は当地の水神(龍神)*であったとする説もあります。


猿田彦はウツシコオです。~第596話:彦狭知の物語8~猿田彦

前回:オノコロ島と塩釜神社では、「鹽竈神社縁起の中には、「塩釜六所明神或曰猿田彦事勝國勝塩土老翁岐神興玉命太田命六座同体異名神也」とあり、鹽竈神社の別宮に祀られている神(塩釜六所明神)は、猿田彦、事勝國勝、塩土老翁、岐神、興玉命、太田命の6座と同体異名の神であるとされています。」と書きました。

猿田彦、事勝國勝、塩土老翁、岐神、興玉命、太田命はすべてウツシコオ(内色許男命)スサノオ(津田の王=難升米です。


五十狭芹彦命は、台与です。第517話:第517話:五十猛のグロは大歳=台与(豊)で、五十の付く記紀の中の人物は、台与(豊)です。と書いています。

・五十鈴姫(ホトタタライスケ依姫)は台与(豊)です。

五十瓊敷皇子(印色入日子命)~日置氏と製鉄と台与(豊)~枚方市招堤

・五十迹手(いそとて:イタテ)、イツツヒコ(五十彦:彦五十瀬)~~倭人と韓人 イツツヒコ・イソタケル・イタテ

・五十狭芹彦命(いさぜりひこ‐の‐みこと)は日本書紀で、孝霊天皇の皇子。吉備津彦命(桃太郎)


*水神(龍神)は台与です。前回:オノコロ島と塩釜神社で書いた大阪府枚方市にある浮島神社では、台与はジョウサン(龍王)といって雨の神として祀られています。


天五田根命=五十狭芹彦命=台与と思ってもよいでしょう。

五十狭芹彦命は倭迹迹日百襲姫命の弟に当たり、四道将軍の一人で西海を鎮定し吉備国の祖神となったとされています。


五十狭芹彦命は、西海鎮定の命を奉じて讃岐國に下り農業殖産の開祖神となったとされています。彼の功績や性格から、田村神社の信仰が始まったとされています。田村神社の信仰は、香川県の水不足問題と深く関係しており、地下水が豊富な田村神社のあたりは稲作の中心地でした。田村神社の奥殿の床下には深淵があり、そこには龍が棲んでいるという伝説があります。

天隠山命は皇祖神武天皇の御東征の際、窮地を救った神で後に御子天五田根命と共に紀伊国より当国に渡り山河をもって国郡の境界を分つなど開拓水利の基を定めた。


倭迹迹日百襲姫命(ヤマトトモモソ姫)については、第405話:倭迹迹日百襲姫命(ヤマトトモモソ姫)はトヨで「香川県東かがわ市に水主神社(みぬしじんじゃ)があり、倭迹々日百襲姫命を祀っています。社伝ではヤマトトモモソ姫は7歳のとき倭国大乱を逃れるため、大和国黒田の盧戸を出立し、居を讃岐国水主に定めたのち成人まで住み給いて農業・水路・文化の興隆を成したとされています。」と書いています。

倭迹迹日百襲姫命(ヤマトトモモソ姫)は、日照に苦しむ人々のために雨を降らせ、水源を教え、米作りを助けたといわれています。


このブログでは、台与が日本各地で、洪水を起こす川の河川改修工事を行い、稲作の推進してきたことを延々と述べてきました。


7歳でこの地にきたヤマトトモモソ姫=台与はこの地で、農業、河川改修工事のノウハウを教わり、その知識と技術を持って日本各地で洪水を起こす川の河川改修工事を行い、稲作の推進したのでしょう。


農地の開墾、開拓を行い四国の人々に食料を安定して供給することに成功した倭迹迹日百襲姫命(ヤマトトモモソ姫)=台与は、阿波国の別名として愛比売(えひめ)=大宜都比売(おおげつひめ)と呼ばれるようになったのです。


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<蛇足の追記>

水主神社のある東かがわ市は、明治期まで千年以上、大内郡と呼ばれてきました。

大内郡の「内」はウツシコオ(内色許男命)スサノオ(津田の王=難升米の「内」です。

ウチはウツの転訛にて、内、打は、氏、宇治、宇智、宇遅、及び渦、珍、宇豆、宇都、宇津に同じ。古事記に木国造の祖 宇豆比古(うづひこ)と見え、景行紀三年条には紀直の遠祖 菟道彦(うぢひこ)と見ゆ。とあります。

田村神社に宇治比売命が祀られているのも納得できます。


田村神社は他の田村神社と違って坂上田村麻呂とは関係ないとされていますが、このブログでは、坂上田村麻呂=台与としていますので大いに関係があります。

天五田根命についても、第840話:坂上田村麻呂:田村神社で天隠山命 (高倉下命)=天五田根命 (別名:天村雲命)=台与としています。


<坂上田村麻呂の伝説>

第863話:清水寺と地主神社


京都府城陽市にも水主神社があります。第973話:オケとヲケ(2):水主神社でも書いたように、城陽市の水主神社は重要な神社です。水主神社は木津川の近くにあり、木津川を少しれば第1025話:映画国宝と天知迦流美豆姫で書いた美豆(京都府京都市伏見区淀美豆町)の近くに行き当たります。

ウツシコオ(内色許男命)の名前の由来となった内里(京都府八幡市)の近くでもあります。


水主神社の水主(みずし)は、美豆(みず)とも関係がありそうです。美豆奴神=八束水臣津野命は出雲で国引きをしたとされる人物です。~第1030話:国引き神話の真実


これまでの記事はこちらです。


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※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています

・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。

※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。

 ~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。

記紀の登場人物をスサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。

※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。

神武天皇と八咫烏、タケミカズチとフツヌシ、神功皇后と武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、

アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)

聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)

※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。

※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。

・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。 


<目次>




境内には弘法大師空海の手掘りの井戸が厳かに佇み、樹齢800年の杉が神社の歴史を物語っています。





 
 
 

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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
5時間前
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<台与シリーズ>

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