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天の夷鳥:出雲と台与(4)

  • tootake
  • 28 分前
  • 読了時間: 4分

第1035話


出雲国造神賀詞に次のような記述があります。


「そこで、アメノホヒ命は、天の夷鳥(ひなどり)にフツヌシをつてけ天下らせた。」


この部分は古事記では、こうです。

「そこで、天照大神は、さらにタケミカヅチ神、天の鳥船(アメノトリフネ)を葦原中つ国に遣わした。」

そして、日本書紀では、「そこで、タカムスビ神は、さらにタケミカヅチ神・フツヌシ神を蘆原中津国に遣わした。」


この比較により、アメノホヒ=天照大神、天の夷鳥=タケミカヅチで、フツヌシ=天の鳥船であることがわかります。


天の夷鳥は、建比良鳥命と同一の神格と考えられています。建比良鳥命は台与です。

・タカムスビ神(高木神)は、スサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)=難升米です。~第246話:高御産巣日神(高木神)

・タケミカヅチは台与で、フツヌシはウツシコオです。~第441話: タケミカヅチは台与!!


ネット上では、古代出雲大国という邪馬台国(大和朝廷)に匹敵する強大な国家があったよう書かれているサイトがいくつかあります。その根拠は、荒神谷遺跡で大量の銅剣銅鐸が見つかったからでしょう。


出雲は、青銅器祭祀を統合・管理した中心地と研究者たちは思っています。

荒神谷:銅剣358本(全国総数を上回る) 、 加茂岩倉:銅鐸39個(日本最多)

が発見されたためです。


しかし、出雲では、東奈良遺跡(大阪府茨木市*)で発見されたような銅鐸の鋳型は一切発見されていません。つまり、製作地=中心地ではなく、 祭祀のために青銅器を集約し、儀礼的に埋納する権威を持つ地域=中心地という構図です。

*大阪府茨木市=三島は、私が邪馬台国とする地です。~第6話:三島(御島)本当の奈良  


荒神谷・加茂岩倉の青銅器は、製作地がバラバラです。 近畿系の銅鐸、九州系の銅矛、 山陰系の銅剣が混在しています。


このブログでは、荒神谷・加茂岩倉の異常な集中は、第270話:銅鐸・銅剣は廃棄物 第603話:鉱物と邪馬台国(1)~出雲と鉄書などで書いたように、台与(豊)がヤマト(邪馬台国)の大王として即位したころから、鉄器が普及し始め銅剣・銅鐸は不用品になったためです。卑弥呼が邪馬台国を治めていた頃の政治体制を一新するという意味もあったのでしょう。


天の夷鳥(ひなどり)とは、「高天原から 夷(鄙・ひな=出雲国)へ飛び下った鳥」の意です。出雲は、邪馬台国(大和朝廷)からみて、夷(鄙・ひな)=田舎だったことが当時の人々の認識だったのです。強大な出雲王国があったとは当時の人は思っていなかったのです。


台与と父親のスサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)=難升米が出雲を訪れたのは、意宇の国(後の出雲地方)の治水を行い(ヤマタノオロチ退治)、稲作の推進するためだったのです。


銅剣・銅鐸された場所は、神社も古墳も全くない場所です。しかしその場所の神庭という地名が何かを物語っています。


これまでの記事はこちらです。


※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています

・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。

※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。

 ~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。

記紀の登場人物をスサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。

※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。

神武天皇と八咫烏、タケミカズチとフツヌシ、神功皇后と武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、

アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)

聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)

※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。

※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。

・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。 


<目次>











 
 
 

2件のコメント

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tootake
18分前
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出雲国造神賀詞(いずものくにのみやつこ かんごとうし)という、古くから伝わる祝詞の中に、「アメノホヒ命は、天の夷鳥(ひなどり)にフツヌシをつてけ天下らせた」という一節があります。この記述が、実は『古事記』や『日本書紀』といった、より有名な歴史書と照らし合わせると、驚くべき神々の同一性が見えてくるんです。


出雲国造神賀詞より

「アメノホヒ命は、天の夷鳥(ひなどり)にフツヌシをつてけ天下らせた。」


古事記

「天照大神は、さらにタケミカヅチ神、天の鳥船(アメノトリフネ)を遣わした。」


日本書紀

「タカムスビ神は、さらにタケミカヅチ神・フツヌシ神を遣わした。」


この比較から、「アメノホヒ」が「天照大神」と、「天の夷鳥」が「タケミカヅチ」と、そして「フツヌシ」が「天の鳥船」と、それぞれ同一の神格である可能性が浮上するんです。さらに、この「天の夷鳥」は、「建比良鳥命(タケヒラトリノミコト)」と同一視され、その「建比良鳥命」こそが、かの有名な「台与(とよ)」である、と。


古代出雲大国と邪馬台国(大和朝廷)が、歴史上、匹敵するほどの強大な国家であったという説も、こうした神話の繋がりを紐解くと、ますます真実味を帯びてきますよね。これらの神話の解釈が、私たちが普段目にしている歴史の通説とは少し違う視点を与えてくれるのが、まさにこのブログの魅力だと感じています。

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tootake
23分前
5つ星のうち5と評価されています。

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