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神岡鉱山・カミオカデンと邪馬台国

  • tootake
  • 6 日前
  • 読了時間: 5分

第1077話


前回:咲田姫伝説:杉原神社では,、「杉原神社の社伝によれば、「十代崇神天皇即位十年に大彦命が勅命を受けてこの地にとどまり耕作の道を教え給うたとき、、、、」と書いています。大彦がこの地に居たことは確かなようです。大彦=高倉下(タカクラジ)=台与です。


高倉下の別名は、天香語山命です。天香語山命は尾張氏の祖とされています。台与も尾張氏の祖と思われます。~第370話:とよ(乎止与命・台与・臺與)


岐阜県飛騨市神岡町大字船津に大津神社があります。

祭神は、大彦命・武渟河別命・建南方富命です。武渟河別命(たけぬなかわ)*・建南方富命(タケミナカタ)も台与です。

武渟河別命~古事記によると、大国主はコシの沼河比売(ぬなかわ)を妻にしようとはるばる訪ねて行き、歌を詠み交わして次の日に結ばれたといいます。河川(ヌナカワ)は、ヒスイの原石産地です。大彦=大国主=カミヌナカワ=綏靖天皇です。そして沼河比売は小楯姫=台与です。

建南方富命~第992話:タケミナカタはなぜ諏訪に行ったのか?


大津神社のある神岡では鉛が産出するのです。神岡鉱山は、日本最大、東洋最大の鉛、亜鉛鉱山です。神岡の「神」は台与・スサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)=難升米のことです。


前回でも述べたように、古代の銅を研究してきた久野雄一郎氏は、三角縁神獣鏡に用いられた鉛の中に岐阜県の神岡鉱山の鉛が使われていることを指摘しておられます。


久野雄一郎氏(故人)は銅関係の会社(三宝伸銅)の社長で、銅の鑑定では最高の権威者でした。出雲の加茂岩倉遺跡で出土した銅鐸にもちいられた銅もは、神岡鉱山で産出する自然銅が用いられたという鑑定を行っておられます。


大津神社の大津は神岡鉱山の鉱物を積み出す川の港と考えられるとされるのは、「謎の四世紀」の著者である上垣内憲一先生です。P218 

大和(邪馬台国)から神岡鉱山に行くためには、琵琶湖から敦賀に出て、海路、北陸道を行くか、大和(奈良)から伊賀、伊勢をと東に道をとり、伊勢湾から木曽川をさかのぼって、分水嶺をこえて神通川流域にいたる二通りの道があります。神岡鉱山で採れた銅はこれらの道を通って私が邪馬台国とする三島(御島=茨木市)に運ばれたました。

三島(茨木市)には東奈良遺跡がありそこからは銅鐸の鋳型が出土しています。


神岡祭は、年に一度、神様が里に出られ、町内を巡行される日として、町内の家々からお神酒などが献供され、町内各所で賑々しく舞や楽が奉納されます。

祭の最大の見どころは、三社の中でも一番規模の大きい大津神社の渡御(とぎょ)・還御(かんぎょ)の各行列です。


大津神社を発輿する渡御行列は、平安絵巻を思わせる約700人余りの大行列です。神岡町のメイン通りの西里通り・本町通りを笛、太鼓、鉦を打ち鳴らす祭囃子の中、進路を清める、天狗に似た鼻の高い猿田彦を先頭に、獅子、神楽、雅楽、鶏闘楽、奴、台輪と呼ばれる移動式の舞台で舞を披露する采女、小・中・大神輿が進む様は圧巻です。


・天狗=猿田彦がウツシコオであることは、このブログでは何度も書いています。

雅楽、鶏闘楽は多氏=隼人=スサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)・台与の一族が伝えたものです


これらのことにより、神岡鉱山の「神」もウツシコオ・台与のことであると思われます。

ということは、ノーベル賞で有名なカミオカデン(カミオカンデ)の「カミ」もウツシコオ・台与の「カミ」ということになります。


「カミオカデン(KAMIOKANDE)」は神岡鉱山と直接関係があります。 というより、カミオカデンは神岡鉱山の地下空間そのものを利用して建設された観測装置です。  神岡鉱山の地質・地下空間・湧水・鉱山技術がなければ成立しなかった観測装置であり、その後のスーパーカミオカンデやKAGRAへと続く「神岡地下科学都市」の出発点となりました。



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<蛇足の追記>

このブログでは出雲の加茂岩倉遺跡で出土した銅鐸は、台与が出雲に持って行って捨てたのだという見解をとっています。銅鐸の鋳型は出雲からは出土していません。台与にとって銅鐸は必要なかったのです。台与が邪馬台国(大和)の大王(おおきみ)に即位してから全国統一がおこなわれ鉄器の時代になったのです。鉄器は武器ではなく、河川の改修工事に用いられる工具や稲作のための農具として用いられたのです。


これまでの記事はこちらです。


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※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています

・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。

※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。

 ~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。

記紀の登場人物をスサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。

※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。

神武天皇と八咫烏、タケミカズチとフツヌシ、神功皇后と武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、

アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)

聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)

※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。

※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。

・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。 


<目次>




  



 
 
 

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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
6日前
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