真野川と台与~南相馬市
第1205話 #安達太良山 #たたら製鉄
真野川(まのがわ)は、福島県相馬郡飯舘村から南相馬市にかけて流れる河川です。
飯舘村北西部、伊達市霊山町との境をなす阿武隈高地三郷森を水源とし、飯舘村北部の前田地区、佐須地区、大倉地区を東流したのち、南相馬市北部の鹿島区を貫き、太平洋へ至っています。
福島県南相馬市鹿島区小島田地区の真野川右岸の田園地帯にある八龍神社があります。
津波被害で社は流され新しく建て直されましたが、鳥居や欅・銀杏の大木は残ったようです。境内社に八坂神社も祀られています。
鹿嶋、八龍ということから、この南相馬市にも13歳で邪馬台国の大王に即位した台与が来ていたことが分かります。第441話:タケミカヅチは台与!!で、 鹿島神宮の武甕槌大神は台与であることを述べました。
八龍とはヤマタノオロチ=暴れ川(洪水を起こす川)のことです。
~第412話:ヤマタノオロチは淀川~茨田堤2
前々回:石切神社(岐阜市)と木曽川 第1202話:西都原古墳群と一ツ瀬川
と続けて、暴れ川(洪水を起こす川)と台与について書きました。
台与は日本各地で暴れ川の治水工事を行い、稲作を推進してきたのです。
前述の八龍神社は、小島田部落をお守りくださる神社です。御祭神は綿津見大神です。
綿津見(わたつみ)は台与です。~第848話:hidemaru3375.com/post/底津少童命(わたつみ)
この八龍神社の近くに、金沢地区製鉄遺跡群があります。
福島県南相馬市原町区金沢に所在する大規模な古代製鉄関連遺跡群です。
123基もの製鉄炉跡が確認されている国内屈指の大規模遺跡群です。
東北電力原町火力発電所の構内から出土したため、敷地内に「製鉄炉保存館」と「木炭窯保存館」が展示・保存されています。近隣の泉官衙遺跡(古代行方郡の郡衙跡)や真野古墳群とも深く連動した産業拠点と考えられています。
福島県内(特に阿武隈高地から浜通り北部にかけて)は、奈良時代から平安時代(8世紀?10世紀初頭)にかけて古代律令国家における日本最大級の砂鉄製鉄拠点でした。阿武隈山脈がもたらす豊富な砂鉄と木炭(クヌギ・コナラなど)を活用し、東北経営や陸奥国府を支える鉄製品(農工具・武器など)が大規模に生産されていました。
安達太良山麓を擁する阿武隈川流域や福島県内各地には、古代(奈良・平安時代前後)の砂鉄製鉄遺跡や古代製鉄炉跡が点在しています。
安達太良山(あだたら)の「たらら」は「たたら製鉄」に由来しているとい説があります。
阿多多良(アタタラ)=「たたら(鑪=製鉄の風踏み・製鉄炉)」
「安達太良の語源はタタラ(製鉄)である」という地名説が、後世の一般向け観光解説やブログ記事等で噛み砕かれる過程で、「かつてタタラ製鉄の溶鉱炉があったとされる」という形に変形・伝聞されていますが、たたら製鉄は製鉄炉で溶鉱炉は使用しません。
安達山頂に炉があったわけではないものの、地域全体に存在した古代製鉄文化の記憶が、山名の語源説や伝承として結びついた背景があると考えられます。
武井地区製鉄遺跡群(新地町)では、22基の古代製鉄炉が確認されている浜通り最北部の重要拠点です。
大坪地区製鉄遺跡(相馬市)では、13基の製鉄炉が出土しており、宇多郡の製鉄活動の一端を示しています。
鳥打沢A遺跡(南相馬市)では、送風用の「踏みふいご」を用いた最盛期の箱形製鉄炉跡が検出されています。
台与=五十鈴姫=ホトタタライスケヨリヒメについて、こらまでに、下記のような記事を書いてきました。
第490話: 日置氏と製鉄と台与(豊)~枚方市招堤
第491話: 森製鉄遺跡~交野市河内磐船
真野古墳群(まのこふんぐん)は、福島県南相馬市鹿島区寺内・小池に所在する前方後円墳と多数の小円墳で構成される大規模古墳群です。
真野古墳群と「たたら製鉄」は、直接的な遺跡レベルの連動は確認されていませんが、地形・資源・古代の生産構造という観点では“間接的に結びつく可能性が高いとされています。この「河岸段丘+低丘陵」という地形は、古代の製鉄遺跡(たたら)と相性が良く、鉄生産地の近くに首長墓が形成され、 鉄器の供給を掌握した氏族が古墳を築く、鉄生産は「首長権力の基盤」になるとされています。
これまでの記事はこちらです。
※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。
・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。
※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。
~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。
記紀の登場人物をスサノオ(津田の王)=ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。
※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。
神武天皇と八咫烏、フツヌシとタケミカズチ、神功皇后 武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、
アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)
聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)
※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。
※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。
・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。
<目次>




<台与シリーズ>
hidemaru3375.com/post/天鈿売命(うずめ)は台与(豊)
https://www.hidemaru3375.com/post/かぐや姫は、台与(とよ)
https://www.hidemaru3375.com/post/磐井の乱と台与
https://www.hidemaru3375.com/post/豊受姫(豊受大神)は崇神天皇
https://www.hidemaru3375.com/post/火明命は饒速日なのか??
https://www.hidemaru3375.com/post/豊鍬入姫命-日光と男体山・女峰山
hidemaru3375.com/post/台与と秦氏 敏達天皇は台与(豊)
衣通姫(そとおりひめ)は台与(豊) 雄略天皇は台与(豊)!
孝昭天皇は台与:日原は目原 飯豊王女は台与(トヨ)なのか?
金銀錯嵌珠龍文鉄鏡(2)大原足尼命はトヨ 大宜都比売(おおげつひめ)は台与
倭迹迹日百襲姫命(ヤマトトモモソ姫)はトヨ?? 神八耳命は台与(豊)
饒速日(ニギハヤヒ)は台与①~稲作 台与は饒速日②~交野市倉治
小楯姫は台与:小楯は枚方 四道将軍:日子坐王は台与!
少彦名大神(スクナヒコ)は台与! 大彦は台与!??
ウマシマジは台与! 阿蘇都媛は台与
沼河比売は小楯姫=台与 タケミカヅチは台与!!
ヤマトタケルは台与 瓊瓊杵尊:ニニギは台与
継体天皇はトヨ(台与)??! 継体天皇は台与2~大々杼郷:楯原神社
継体天皇は台与3~田井(寝屋川市) 英彦山と台与