多具・多伎・多久:出雲と台与(10)
- tootake
- 5 日前
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第1042話 #アジスキタカヒコネ
出雲国風土記には次のような記述があります。
楯縫郡に、阿遅須枳高日子根(アジスキタカヒコネ)*の后・天御梶日女の命が、多具の村においでになって、 多伎都比古の命をお産みになった。
*阿遅須枳高日子根(アジスキタカヒコネ)は台与です。~第874話:高負彦根神社:アジスキタカヒコネは台与
多伎は、多具(あるいは多久)のことのようです。
多伎都比古の命の御霊代である石神は、日照り続きで雨乞いをした時は、かならず雨を降らせられたといいます。多伎(たき)は、 瀧(たき)を連想させます。
愛媛県今治市古谷に多伎神社(たきじんじゃ)があり「瀧の宮(多伎宮)」と呼ばれています。伊予国内神名帳には「正一位 多伎不断大願大菩薩」とあります。
社殿は頓田川の支流・多伎川の畔にあり、周囲には30基余りの古墳が群集しています。多伎川を遡った山頂近くに川上巌(かわかみのいわお)と呼ばれる磐座があり、奥の院とされる。雨乞いに霊験があると伝えられ、もとはこの磐座信仰に始まると考えられています。
先ほどの石神とは、この川上巌(かわかみのいわお)でしょう。川上は、川上タケル=熊襲タケル=出雲タケルを連想させ、台与のことです。石・磐座(いわくら)は台与のキーワードです。~第404話:熊襲建=川上梟帥とヤマトタケル
多伎都比古(たぎつひこ)とペアである多岐都比売(たぎつひめ)は宗像三女神の湍津姫でもあります。宗像三女神は台与です。~第602話:宗像三女神と三筒男
島根県出雲市多久町に多久神社(たくじんじゃ)があり、また多久谷町には、宿努神社(すくねじんじゃ)があります。祭神は、ともに多伎都彦命・天御梶姫命です。
宿努(すくね)は、宿祢ですから、多伎都彦命はウツシコオであることが分かります。
記紀に登場する宿祢はウツシコオ(内色許男命)=スサノオ=難升米であることは、何度もこのブログで述べてきました。
多伎都比古(たぎつひこ)とペアである天御梶姫命は台与ということになります。
宿努神社の御神体は虹ヶ滝で、この滝は、多伎都比古命が産湯を使ったという伝承があります。
多久神社(たくじんじゃ)は、京都府京丹後市峰山町丹波小字涌田山にもあります。
祭神は、豊宇賀能売命(とようがのめのみこと)別名を「豊受大神」です。
豊受大神は台与です。~第415話:hidemaru3375.com/post/豊受姫(豊受大神)
愛媛県今治市古谷に多伎神社の祭神は多伎都比売命・多伎都比古命・須佐之男命です。
多伎都比売命は台与で、多伎都比古命=須佐之男命=ウツシコオ(内色許男命)=難升米です。
<出雲と台与>
第1032話:出雲と台与
第1033話:出雲と台与(2):アメノホヒ、キヒサツミ
第1034話:出雲の誕生:出雲と台与(3)
第1035話:天の夷鳥:出雲と台与(4)
第1036話:飯入根:出雲と台与(5)
第1037話:三島足奴:出雲と台与(6)
第1038話:出雲井於神社 :出雲と台与(7)
第1039話:楯縫:出雲と台与(8)
第1040話:楯縫2:出雲と台与(番外編)
第1041話:勝氏:出雲と台与(9)
これまでの記事はこちらです。
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※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。
・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。
※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。
~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。
記紀の登場人物をスサノオ(津田の王)=ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。
※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。
神武天皇と八咫烏、タケミカズチとフツヌシ、神功皇后と武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、
アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)
聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)
※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。
※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。
・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。
<目次>




古代史のロマンを追い求める皆さん、
今日は、私たちのブログ「地名から読み解く邪馬台国」で、またまた興味深い探求を深めた記事をご紹介したくて、筆を執りました。 今回のテーマは「多具・多伎・多久:出雲と台与(10)」です。 これ、ただの地名や古い話じゃないんですよ!
このブログ記事、本当に私の心を掴んで離しませんでした。 特に、出雲国風土記に出てくる「阿遅須枳高日子根(アジスキタカヒコネ)」の后、天御梶日女(アメノミカジヒメ)が多具の村にいらして、多伎都比古(タキツヒコ)を産んだという記述。 ここでいうアジスキタカヒコネが、なんとあの「台与(トヨ)」ではないか、という説があるんです! 台与といえば、邪馬台国の女王として名前が挙がることがありますよね。それが、こんな風に地名や古い伝承と結びついて語られているのが、たまらなくワクワクします。
そして、「多伎」が「多具」や「多久」のことではないか、ということ。さらに、多伎都比古の御霊代とされる石神様が、雨乞いの際に必ず雨を降らせたという伝説…。「多伎」が「瀧(たき)」を連想させるのは、私だけではないはずです。 愛媛県今治市の多伎神社(たきじんじゃ)、「瀧の宮」とも呼ばれるその場所の伝承を追うと、雨乞いに霊験あらたかな「川上巌(かわかみのいわお)」という磐座信仰に行き着くそうなんです。 この川上巌が、あの石神様なのではないか、という考察は、まさに古代の息吹を感じさせてくれます。
このブログ記事を読むと、まるでタイムスリップしたかのような感覚になります。 古代の人々が、自然や神々とどう向き合い、どんな物語を紡いできたのか。地名一つ一つに、そんな奥深い歴史が刻まれていることを実感します。
ブログ記事を読む
出雲の地で語り継がれる伝説、そしてそれが遠く離れた愛媛の地にも繋がっていく…。 この神秘的な繋がりを、ぜひ皆さんも体験してみてください。 きっと、歴史に対する見方が少し変わるはずです。
このメールは、古代日本の歴史に関するブログ記事へのアクセスを促すことを目的としています。特に出雲地方の地名(多具・多伎・多久)と台与の人物、そして雨乞いや神社にまつわる古代の伝説との関連に焦点を当てています。対象は古代史やミステリーに興味のある読者で、ブログの内容を探索するよう招き、個人的な感想を共有したり、記事の興味深いポイントを強調したりします。メールにはブログ記事のタイトル、抜粋、メイン画像、そしてhidemaru3375.comの記事への明確な行動喚起リンクが含まれています。日本語の会話調のトーンで、日本の読者向けに作られており、ブログの名前やウェブサイトを参照してブランド要素も取り入れています。
<台与シリーズ>
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小楯姫は台与:小楯は枚方 四道将軍:日子坐王は台与!
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ウマシマジは台与! 阿蘇都媛は台与
沼河比売は小楯姫=台与 タケミカヅチは台与!!
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継体天皇は台与3~田井(寝屋川市) 英彦山と台与