イタケルは台与(2)~製鉄
- tootake
- 2025年7月8日
- 読了時間: 6分
更新日:2025年7月8日
第737話 製鉄とイタケル #韓国新羅神社 #イツツヒコ
五十猛(イタケル)は、樹木、船など様々な神格を持っています。
島根県大田市五十猛町大浦地区に伝承される左義長(どんど焼き)は、「五十猛のグロ」と呼ばれ、稲作の神ともされています。~第517話:五十猛のグロは大歳=台与(豊)
そして五十猛(イタケル)は、製鉄(鍛冶:鉄を鍛えた鉄製品:農具、武器)の神でもあります。
出雲の西方の石見国(島根県大田市)には、このイタケルを祀る五十猛神社、また五十猛という漁港もあり、ここが五十猛神の上陸地だという伝承が残っています。その五十猛漁港の東には韓国新羅神社があって、スサノオを祭神としています。また、松江市玉湯町玉造に玉作湯神社がありそこ境内に玉作社坐韓国伊太氐(からくにいたて)があります。「韓国」を冠することから朝鮮半島からの招来神とます。
五十猛(イタケル)が韓国の神であり、植林の神であるように言われているのは、韓国に植えずして日本に木の種をまいて、日本が青い山になったと日本書紀に書かれているからです。逆に言うと、韓国は、はげ山だということを暗に言っていると思われます。韓国が青い山になるはずだったのに、木の種は播かれなかったのだから、韓国は、禿山で、日本は木が茂っています。
韓国に木が少なく日本に木が多い、その理由には製鉄が関係していると思われます。三世紀のことを書いた魏志倭人伝と同じく魏志の「魏志韓伝」の中に朝鮮半島の南部の書かれていおり、その中で、釜山からずっと洛東江という川をさかのぼったその流域辺から鉄が出て、南朝鮮の韓族、倭人もこれを採るとあります。つまり、三世紀にそこから鉄が出て、その鉄を倭人も交易に来るということが書いてあります。
三世紀の朝鮮半島では、製鉄が非常に盛んであったようです。製鉄を非常に盛んに行ったとしますと、これは確実に山ははげていく。製鉄のためには大変な量の燃料を必要とします。鉄を溶かす高熱を得るために大変な量の燃料を使用します。製鉄の盛んな地域ではどんどん森林資源が枯渇していくというのが、ごく近代に至るまでの文明のパターンです。
しかし、日本では、森林の再生産が朝鮮半島よりも状態が良く、製鉄が始まっても日本が青い山のままで、はげ山にはならなかったのです。
三世紀の朝鮮半島というのは非常な動乱の時期です。楽浪郡と地は漢の時代からの中国人の植民地で、四世紀の初めに滅びたとされています。それにより朝鮮半島から動乱の余波で日本に渡ってきた人たちがたくさんいただろうと思われます。その人たちの中には鉄の技術、船の技術、植林の技術というのを持った人たちもいたはずです。
穴門(長門)は、山口県下関近辺のことで、現在も関釜フェリーが釜山と下関を往復しているように、最も朝鮮半島から近い地です。そこに伊都々比古(イツツヒコ)と名乗る者がいて、穴門でツヌガアラシヒトに「自分がこの国の唯一の王であるから他所には行くなと言った」という伝説があります。仲哀天皇紀には、五十迹手という人物がいて、鏡、玉、剣の三種の神器、支配権の象徴を捧げるという降服の儀式と思われる仕方で下関の彦島に仲哀天皇を出迎えた、という記事があります。場所が同一であり、イツツヒコとイトテは同一人物でしょう。伊都々比古(イツツ彦)の「イツツ」は「五つ」ですから、イツツヒコ=イトテ(五十猛)です。ツヌガアラシヒトはウツシコオです。~第325話:天之日矛はウツシコオ 第329話:アメノヒボコはウツシコオ
やはりツヌガアラシヒトとイツツヒコは、台与とウツシコオのコンビです。
またイタチ神(五十猛)とほぼ同じ神格を持つ製鉄神である兵主神も丹波に一社、奈良県に二社、但馬は天之日矛の本拠の出石を含めて五社あり、 播磨*に二社、それより西では壱岐に一社あります。近江(滋賀県)の兵主神は、野洲町*と伊香郡*にあります。
いずれもこのブログで、台与、ウツシコオ(内色許男命)=スサノオ(津田の王)の拠点地としてきた場所です。
*播磨は、私が邪馬台国とする枚方と関係の深い地です。第534話:斑鳩寺・稗田神社~兵庫県太子町
*壱岐・対馬の日神・月神がウツシコオと密接な関係にあります。
~第499話:木嶋坐天照御魂神社と日神の託宣
~第263話:中臣氏~中臣烏賊津
兵頭大社(滋賀県野洲市)の祭神は、八千矛神で大国主神ですので台与でしょう。
開化-崇神の時代つまり台与が邪馬台国の大王に即位した時期に新式の鉄器製作技術が急速に普及していったと思われます。次回に続く(予定)
{参考文献}古代の祭式と思想(角川選書)「イタケルの神話」上垣外憲一著
関連項目:第490話:日置氏と製鉄と台与(豊)~枚方市招堤
:第491話:森製鉄遺跡~交野市河内磐船
※これまでの記事はこちらです。
※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。
・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。
※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。
~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。
記紀の登場人物をスサノオ(津田の王)=ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。
※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。
神武天皇と八咫烏、フツヌシとタケミカズチ、神功皇后 武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、
アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)
聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)
・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。
<目次>
臺與(とよ)台与のイメージ




<台与シリーズ>
hidemaru3375.com/post/天鈿売命(うずめ)は台与(豊)
https://www.hidemaru3375.com/post/かぐや姫は、台与(とよ)
https://www.hidemaru3375.com/post/磐井の乱と台与
https://www.hidemaru3375.com/post/豊受姫(豊受大神)は崇神天皇
https://www.hidemaru3375.com/post/火明命は饒速日なのか??
https://www.hidemaru3375.com/post/豊鍬入姫命-日光と男体山・女峰山
hidemaru3375.com/post/台与と秦氏 敏達天皇は台与(豊)
衣通姫(そとおりひめ)は台与(豊) 雄略天皇は台与(豊)!
孝昭天皇は台与:日原は目原 飯豊王女は台与(トヨ)なのか?
金銀錯嵌珠龍文鉄鏡(2)大原足尼命はトヨ 大宜都比売(おおげつひめ)は台与
倭迹迹日百襲姫命(ヤマトトモモソ姫)はトヨ?? 神八耳命は台与(豊)
饒速日(ニギハヤヒ)は台与①~稲作 台与は饒速日②~交野市倉治
小楯姫は台与:小楯は枚方 四道将軍:日子坐王は台与!
少彦名大神(スクナヒコ)は台与! 大彦は台与!??
ウマシマジは台与! 阿蘇都媛は台与
沼河比売は小楯姫=台与 タケミカヅチは台与!!
ヤマトタケルは台与 瓊瓊杵尊:ニニギは台与
継体天皇はトヨ(台与)??! 継体天皇は台与2~大々杼郷:楯原神社
継体天皇は台与3~田井(寝屋川市) 英彦山と台与
山部赤人は台与! 八幡神は台与!!
とよ(乎止与命・台与・臺與) 台与の物語