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髪長姫(3):藤原宮子

  • tootake
  • 1 日前
  • 読了時間: 5分

更新日:5 時間前

第927話


前号:髪長姫(2):日向の髪長姫で、日向の髪長姫は台与としました。

日向の髪長姫は、仁徳天皇の后とされています。


そして、第925話:髪長姫(1)道成寺で書いた、道成寺の髪長姫は、

文武天皇の后すなわち、藤原不比等の長女での藤原 宮子です。

道成寺に伝わる伝承によれば藤原宮子は九海士の里(和歌山県御坊市湯川町下富安)で生まれたとされており、道成寺および周辺地域には道成寺開創縁起として宮子姫髪長譚(宮子姫物語、髪長姫伝説)が伝えられ町おこしにも利用されています。

梅原阿猛氏は、宮子は不比等の養女で、紀州(和歌山県)の海女であったとする説を考証しておられます。~海人と天皇新潮文庫(9503)

「文武天皇が持統太上天皇と共に大宝元年(701)に紀伊国の牟婁の湯に行幸した時、美しい海女を見初めたが、いくら美女でも海女の娘では后にはなれないので、権力者・不比等が一旦養女とし、藤原の貴種として嫁入りすることとなった」というのです。

が、とても信じられる話では、ありません。これは、俗説です。


藤原宮子(=髪長姫)は、史上初めて生前に正一位に叙された人物であると同時に、史上初めて女性で正一位に叙された人物でもあり、皇后でも皇太后でもなかったが、史上初の太皇太后となったとされています。


海女というのは、海神族のことでしょう。海人系氏族といえば安曇氏・住吉系神です。

呉の勝=安曇族=卜部氏=中臣氏=物部氏=秦氏=ウツシコオ(内色許男命)スサノオ・台与の一族=邪馬台国です。第924話:秦氏の研究


第813話:藤原不比等と田辺氏で書いたように、藤原不比等は、田辺氏と深い関係があります。田辺氏に養育されたと思われる藤原不比等は、台与の事をよく知っていたと思われます。つまり、日本=大和=ヤマト=邪馬台国の最初の大王(天皇)が台与だということを十分に理解していたはずです。

藤原宮子は、九海士の里(和歌山県御坊市湯川町下富安)で生まれたとされています。御坊市は、和歌山県の田辺市の隣です。

田辺市は紀伊半島南東部に位置し、熊野水軍に関連する歴史的なスポットが多数存在します。特に、源平合戦において重要な役割を果たしたとされる鬪雞神社は、源氏と平氏の戦いにおいて神意を確認するために鶏を闘わせた伝説が残っています。

ウツシコオ・台与と水軍の関係については、第774話:邪馬台国の水軍(1):阿万氏

では、海女(阿毎、阿万、海人)と水軍の関係について書きました


前号:髪長姫(2):日向の髪長姫では、日向の髪長姫は台与としました。

この道成寺の髪長姫も、日向の髪長姫(=台与)を念頭にして作られた伝説だと思います。


では、「藤原不比等=稗田阿礼→アメノウズメということは、不比等はアメノウズメを強く意識していたと思われます。アメノウズメは乳やホト(陰部)を露わに踊ったとしながらも、実は、アメノウズメ=台与(豊)を尊敬したのかもしれません。」と書きました。


藤原不比等をはじめ当時の貴族は、台与が大和朝廷の初代天皇(大王)であることを知っていました。不比等はそのことを一般の民に知られたくないための、古事記、日本書紀を創作し、台与をモデルとして、様々な天皇を作り出してきたのです。しかし、不比等自身は、どこかで初代天皇:台与とのつながりを持っていたかったため、宮子を髪長姫(=台与)の物語も創作したのでしょう。


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道成寺といえば、安珍清姫です。せっかくですので、安珍・清姫についても考えてみます。


清姫の出自は、道成寺縁起には真砂庄司清次の娘とあります。

熊野氏和田系図等によれば、真砂庄司は牟婁郡司および熊野本宮大社の禰宜を世襲した熊野国造の一族といいます。熊野は、ウツシコオ・台与のホームタウンともいえる地です。

第543話:熊野の神々は、、、

先代旧事本紀、国造本紀に饒速日命の5世孫・大阿刀足尼が成務天皇の時代に熊野国造となったと伝わっています。饒速日命(ニギハヤヒ)は台与です。

大阿刀足尼は、阿刀氏です。阿刀氏は、第191話:空海のルーツは内色許男命!

で書いたように、ウツシコオ(内色許男命)スサノオ(津田の王=難升米の一族です。

※そして安珍は熊野に参詣に行く途中でした。


清姫の年齢は、「此の姫十三の時、又僧の参られまして」道成寺縁起絵

「清治と申す人の姫で、時に年拾三歳で御座いました」 (千年祭本『道成寺縁起絵とき』

とあります。台与は13歳で大王(天皇)に即位しました。


これまでの記事はこちらです。


※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。

・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。

※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。

 ~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。

記紀の登場人物をスサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。

※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。

神武天皇と八咫烏、フツヌシとタケミカズチ、神功皇后 武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、

アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)

聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)

※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。

※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。

・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。 


<目次>




 
 
 

2件のコメント

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tootake
1日前
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