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髪長姫(1)道成寺

  • tootake
  • 1 日前
  • 読了時間: 4分

第925話 


道成寺 (どうじょうじ)は、和歌山県日高郡日高川町鐘巻にあります。安珍清姫で有名です。地名の「鐘巻」清姫が安珍が隠れていた釣鐘を蛇になって巻き込んだことからきているのでしょう。


寺伝によると、道成寺は、大宝元年(701年)に文武天皇の勅願を受け、義淵僧正を開山として紀大臣道成によって建立されたといいます。別の伝承では文武天皇の夫人で聖武天皇の母にあたる藤原宮子の願いによって文武天皇が創建したともいいます。

この伝承では藤原宮子は紀伊国の海女であったとする考証もあります。


道成寺に伝わる伝承によれば藤原宮子は九海士の里(和歌山県御坊市湯川町下富安)で生まれたとされており、道成寺および周辺地域には道成寺開創縁起として宮子姫髪長譚(宮子姫物語、髪長姫伝説)が伝えられ町おこしにも利用されています。


「宮子姫髪長譚」

1.出生地:九海士(くあま)の里~道成寺の寺伝では、藤原宮子は九海士の里(現・御坊市湯川町下富安)に生まれたとされる。 海女の娘として生まれ、髪が生えない子であったという“異常出生譚”が物語の核。

2.黄金仏の出現と髪の成長~ 海底から光る観音像が見つかり、それを祀ると宮子に黒髪が生え始める。これは「霊験譚」と「観音信仰」の典型的な結合で、補陀落信仰の影響も濃い。

3.ツバメが髪を運び、藤原不比等の養女となる。~ 長い黒髪をツバメが運び、奈良の藤原不比等の屋敷に届くという“天意の媒介”のモチーフ。これにより宮子は都へ召され、文武天皇の夫人となる。

4.道成寺創建の理由~ 宮子が黒髪を授けてくれた観音への報恩として寺を建てたいと願い、文武天皇が建立を命じたとされる。

これが「道成寺開創縁起」として語られています。


● 史実の藤原宮子との齟齬~続日本紀では宮子は藤原不比等の娘とされています。

しかし道成寺伝承では「紀伊国の海女の娘」です。

●地理的・宗教的背景~九海士の里は海女文化圏であり、海底からの観音出現は海民信仰と密接。 道成寺は、観音信仰の中心としての物語化は自然な流れ。

●髪のモチーフ~「髪長姫」は日本神話・説話における“女性の霊力”の象徴。


藤原氏の政治的正統性と地方伝承の交錯 → 宮子を「海女の娘」とすることで、逆に“奇跡による選ばれし存在”として再構築している可能性。


ところで、髪長姫は、この道成寺のほかに何人もいるのです。

応神天皇の妃、仁徳天皇の母、葛城氏の娘も髪長媛です。

日本書紀:異伝では、諸県君牛の娘である髪長姫が鹿皮をまとい、鹿子水門に現れるという強烈な描写があります。


髪長姫とは、いったい何者なのでしょう。次回も、髪長姫について述べていく予定です。


これまでの記事はこちらです。


※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。

・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。

※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。

 ~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。

記紀の登場人物をスサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。

※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。

神武天皇と八咫烏、フツヌシとタケミカズチ、神功皇后 武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、

アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)

聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)

※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。

※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。

・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。 


<目次>






 
 
 

2件のコメント

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tootake
1日前
5つ星のうち5と評価されています。

Kunitomi; Historic roman; legend, Queen of Kaminaga

第813話:藤原不比等と田辺氏

清姫の出自は前述のように原典には記載がないが、『道成寺縁起』には真砂庄司清次の娘とある[144]。『熊野氏和田系図』等によれば、真砂庄司は牟婁郡司および熊野本宮大社禰宜を世襲した熊野国造の一族といい

熊野国造 - Wikipedia

第854話:長者伝説と台与(邪馬台国)

編集済み
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tootake
1日前
5つ星のうち5と評価されています。

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