脱解王の神話(3)~鵲は台与
- tootake
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第1001話
新羅の都の東、阿珍浦に着いた。船の中には箱があり、その箱から美しい若者が出てきた。また箱の中には、七宝と奴婢で一杯であった。~有端正男子并七寶奴婢滿載其中
その若者は、倭国の竜城国の出身であるというのです。~我本龍城國人
倭国の竜城国は、三国史記では、脱解王は倭国の多婆那国の出身としています。
~脱解、本多婆那国所生也
脱解王の名前は、三国遺事によると、はじめ姓名がわからなかったので、箱が流れ着いたときに鵲(カササギ)がそばにいたことから鵲の字を略して「昔」を姓とし、箱を開いて生まれ出てきたことから「脱解」を名としたとかかれています。
・聖徳太子と鵲(かささぎ):日本書紀によると、推古天皇6年に聖徳太子が鵲を飼育したという記述に関連して言及されています。*聖徳太子は台与です。~第872話:野木神社:莵道稚郎子命は台与
大阪市城東区には、森ノ宮という地名があり、結構大きい公園があります。
森ノ宮は、正式には、鵲森宮(かささぎもりのみや)といい、物部守屋の邸宅跡(玉造)に建立されたとされる神社のことです。祭神は、 用明天皇*、穴穂部間人皇后、聖徳太子
です。*用明天皇は、スサノオ(津田の王)=ウツシコオ(内色許男命)=難升米です。~第919話:東夷伝と用明天皇
・白鳥伝説との関連:日本武尊(ヤマトタケルノミコト)*の魂が白鳥となって飛んだ伝承の中で、「大鳥・鷦鷯(さざき)・鵲(かささぎ)」という鳥に関連する神話的要素として整理されています。*ヤマトタケルは台与です。
・仁徳天皇*は大鷦鷯尊(おほさざきのみこと)です。鷦鷯はミソサザイのことです。
~346話:大阪市森ノ宮:大鳥・鷦鷯(さざき)・鵲(かささぎ)
*仁徳天皇は台与です。~第582話:仁徳天皇(第16代)と大仙陵古墳
・枚方には鵲橋(かささぎ橋)があり、天野川にかかっていることから織姫伝説に基づくものとされています。天野川は交野市から枚方市に流れる川で源流には饒速日*が天下ったとされる岩船神社があります。*饒速日(ニギハヤヒ)は、台与です。
~第484話:台与は饒速日②~交野市倉治
これらのことにより、脱解王(鵲)が台与であることは間違いないようです。
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<蛇足の追記>
前回:脱解王の神話(2):多婆那国は竜宮城:で書いた瓠公は、新羅の3王統の始祖の全てに関わる、新羅の建国時代の重要人物であるとされています。
瓠公は、スサノオ(津田の王)=ウツシコオ(内色許男命)=難升米です。
武内宿祢は、景行天皇から成務、仲哀、応神、仁徳と12代から16代の五代にわたる天皇に仕えたとされる古代朝廷の伝説的な重臣です。
~第324話:武内宿禰はウツシコオ!! 第502話:武内宿禰はウツシコオ(2)
つまり、瓠公=武内宿祢=ウツシコオ(難升米)であるということは、瓠公ことが記載されている三国史記は、古事記、日本書紀を参考にして書かれたのではないかという疑念が浮かび上がります。
これまでの記事はこちらです。
※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。
・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。
※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。
~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。
記紀の登場人物をスサノオ(津田の王)=ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。
※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。
神武天皇と八咫烏、フツヌシとタケミカズチ、神功皇后と武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、
アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)
聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)
※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。
※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。
・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。
<目次>




「脱解王の神話(3)」──古代史のロマンに心惹かれるあなたへ
皆さん、こんにちは!歴史の深淵を覗き見るのが大好きな皆さんと、今日も古代のロマンに思いを馳せたいと思います。今回は、ちょっと不思議で、でもものすごく興味深い「脱解王(とっかいおう)」の神話について、ブログで触れた内容を少しだけご紹介させてください。
ブログ記事「脱解王の神話(3)」で、私は新羅の都の東、阿珍浦(アジンポ)に漂着した不思議な箱について語りました。その箱から現れたのは、なんと美しい若者!そして、その箱の中には貴重な宝物や奴婢(ぬひ)がいっぱい詰まっていたというのです。想像するだけでワクワクしませんか?
この若者こそ、後に新羅の王となる「脱解」その人。そして、驚くべきことに、彼は「倭国」(当時の日本)の竜城国(りゅうじょうこく)の出身だと名乗ったのです。でも、ちょっと待ってください。三国史記では、脱解王は倭国の多婆那国(たばなこく)の出身と記されているらしいんです。どちらが本当なのでしょうか?この記述の違いが、古代史の謎をさらに深めてくれますよね。
さらに興味深いのは、脱解という名前の由来です。三国遺事によると、初めは姓も名前も定かでなかった彼が、箱が流れ着いた時にそばにいた「鵲(かささぎ)」の鳥から「昔(せき)」という姓をもらい、箱から「脱け出し」「解き放たれた」ことから「脱解」と名乗るようになったとか。まるで物語のようなエピソードですよね。
この「鵲」という鳥、実は日本の歴史にも登場するんです。例えば、聖徳太子が鵲を飼育したという記述が日本書紀にあったり、大阪の「森ノ宮」の正式名称が「鵲森宮(かささぎのもりのみや)」で、物部守屋の邸宅跡に建てられたとされる由緒ある神社だったり。古代の東アジアでは、地域を超えて神話や伝承が影響し合っていたのかもしれない、そんな想像が膨らみます。
この脱解王の物語は、単なる古い話ではなく、当時の倭国と朝鮮半島の関係、そして人々の移動や文化交流を垣間見せてくれる貴重な手がかりだと私は思っています。邪馬台国や古代史の謎に興味がある皆さんなら、きっとこの話に胸を熱くするはずです!
もっと詳しく知りたい方は、ぜひブログ記事「脱解王の神話(3)」を覗いてみてください。さらに深い考察や、関連する興味深いエピソードをお届けしていますよ。
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