御井神の系譜:積川神社
- tootake
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第1023話
積川神社は、大阪府岸和田市積川町にあります。「和泉五社」の一つ(和泉国四宮)として和泉国*でも有数の格式ある神社として信仰されてきました。社伝によれば崇神天皇の御代に創建されたと伝えられています。由緒は詳らかでありませんが、当地が牛滝川と深山川が「高低相会する地」であることから積川(つがわ)と呼ばれているとも言われています。
当社の前に牛滝川が、背後に深山川が流れ、両河川が当社の北方で合流する様を「積川」と呼んだのでしょう。*泉国は台与の国です。~812話:泉国:大鳥大社
当社の五柱の祭神はいわゆる「坐摩神」で、宮中の神祇官西院や大阪市中央区久太郎町渡辺に鎮座する「坐摩神社」において祀られた神です。
~第831話:渡辺綱:坐摩神社(いかすり)
「坐摩神」は、宮中を守護する神であるとされており、「坐摩神」の五柱の中でも「生井神」「福(栄)井神」「綱長井神」はそれぞれ「井」が付くことから水に関する神、「阿須波神」「波比岐神」は土地の神・家屋の神であるとも言われています。
祭神は以下の5柱ですが、総して坐摩神(いかすり)としています。
生井神(いくゐのかみ) - 井水の神(生命力のある井戸水の神)
福井神(さくゐのかみ) - 井水の神(幸福と繁栄の井戸水の神)
綱長井神(つながゐのかみ) - 井水の神(「釣瓶を吊す綱の長く」ともいわれ、深く清らかな井戸水の神)
波比祇神(はひきのかみ) - 竃神(屋敷神。庭の神)
阿須波神(はすはのかみ) - 竃神(足場・足下の神。足の神であり旅の神)
生井神・福井神・綱長井神は井戸の神々で、井泉をもって宮殿の象徴とするのは、万葉集の「藤原宮御井歌」にも書いてあります。このブログでは、井泉=泉は台与の居た地としています。~第820話:伊豆美(いずみ)~泉町(4)木津川市
前述のように河川の合流する地を指して積川と称したことから、積川神社は水神的な神格を担っていた可能性があり、降水の乏しい瀬戸内海式気候であり大規模な河川の無い和泉国に井戸が重視されたからだと思われます。~積川神社 (大阪府岸和田市積川町) - 神社巡遊録
坐摩神は、御井神と深い関係を持っているとされています。生井神、福井神、綱長井神
は、井戸の神です。御井神の「御」は「三」のことで、御井は三井です。
古事記には、御井神は「木俣神」の別名と記されています。
木俣神の「俣」は、河俣毘売の「俣」です。河俣毘売は台与です。
~第496話:河俣毘売(かわまたびめ)~放出(はなてん) 第488話:杭全神社~息長氏と河内
日本書紀ではマタに「岐」「枝」「派」「跨」などの複数の字が当てられているのに対して、古事記では「俣」の字によって統一されていることが指摘されています。「俣」の用例や人名が、水に関わっていることから、古事記では「俣」に水のイメージが含まれていると捉え、樹木信仰と井泉信仰との結びつきを象徴した用字だとする説があります。
そして、「木俣神」の「木」は五十猛(イタケル)です。は五十猛は台与です。
~第736話:イタケルは台与(1)
五十猛神が天降る際に多くの樹木の種を持っていたが、新羅には植えずに全てを持ってきて、九州からはじめて大八洲国に植えたので、青山に被われる国となったと日本書紀にあります。五十猛が大八洲国(日本各地)に木を植えたのは、船を作るためとされていますが、製鉄の際に大量に使用する木材を必要としたからです。
座摩神五座のうち、波比伎神・阿須波神の二神は、竈神(かまど神)とされています。
竈神(かまど神)は塞ノ神(佐比の神)、製鉄の神、道の神で台与です。
~第536話:塞ノ神と佐比の岡とおくどさん
座摩五神は越前(福井県)の足羽山の足羽神社(あすわじんじゃ)にも鎮座し、それに因って福井(=栄井)の地名となったとされています。この足羽神社では、座摩五神とともに継体天皇が祀られています。継体天皇は台与です。
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御井神の系譜 鳥トーテムをもつ秦王室とその族裔たち
では、宝賀寿男氏は、下記のように述べられておられます。
御井神の実体は、高木神*ではないかとみられる。同神は、朝鮮半島からわが国・日本列島に渡って来て樹木の種をもたらしたとされる五十猛神の子神とされるが、御井神のまたの名が木俣神というのも、こうした系譜に由来するものであろう。座摩五神とは、以上の検討の結果、「波比伎神・阿須波神」は二神一体で五十猛神、「生井神・栄井神・綱長井神」は三神一体で御井神すなわち高木神ということになり、両者は親子で皇祖神に位置づけられる。
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*高木神はウツシコオ(内色許男命)です。ウツシコオ(高木神)は五十猛(台与)の父です。ウツシコオはスサノオです。第345話:玉櫛・天王(地名)~茨木市、高槻市
これまでの記事はこちらです。
※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。
・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。
※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。
~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。
記紀の登場人物をスサノオ(津田の王)=ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。
※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。
神武天皇と八咫烏、タケミカズチとフツヌシ、神功皇后と武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、
アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)
聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)
※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。
※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。
・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。
<目次>




高千穂 ~三毛入野と五瀬命
豊御気主命は三毛入野!
皆さん、こんにちは! 今回は、私が最近知って、その奥深さにすっかり魅了されてしまった「積川神社」についてお話ししたいんです。
ここは大阪府岸和田市積川町という、なんだか風情のある場所にあるんですよ。「和泉五社」のひとつ、つまり和泉国(今の大阪南部あたりですね)でも、昔から格式高い神社として人々に信仰されてきたそうです。社伝によると、なんと崇神天皇の時代に創建されたとも言われているんですって!
「積川」という名前も気になりませんか? この辺りは、牛滝川と深山川という二つの川が、まるで「高低相会する地」のように出会い、合流する場所なんだそうです。きっと、その川が合流する様子を「積川」と呼んだのでしょうね。土地の神様や水の神様、そういった自然と深く結びついた場所だったんだろうなぁと想像すると、なんだかワクワクしてきます。
祭られている神様について
積川神社の祭神は、いわゆる「坐摩神(いかすりのかみ)」と呼ばれる五柱の神様なんですよ。これは、宮中を守護する神様としても知られていて、大阪市中央区にも同じ「坐摩神社」があるそうです。この五柱の神様は、それぞれに担当があるらしくて、
生井神(いくゐのかみ)
福(栄)井神(さかゐのかみ)
綱長井神(つながゐのかみ)
阿須波神(あすはのかみ)
波比岐神(はひきのかみ)
「井」がつく神様が水に関係し、土地や家屋の神様もいらっしゃるなんて、古代の人々がどれだけ自然の恵みを大切にしていたかが伝わってきますよね。この神々の系譜をたどることで、当時の人々の暮らしや信仰のあり方が見えてくるような気がします。
<台与シリーズ>
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孝昭天皇は台与:日原は目原 飯豊王女は台与(トヨ)なのか?
金銀錯嵌珠龍文鉄鏡(2)大原足尼命はトヨ 大宜都比売(おおげつひめ)は台与
倭迹迹日百襲姫命(ヤマトトモモソ姫)はトヨ?? 神八耳命は台与(豊)
饒速日(ニギハヤヒ)は台与①~稲作 台与は饒速日②~交野市倉治
小楯姫は台与:小楯は枚方 四道将軍:日子坐王は台与!
少彦名大神(スクナヒコ)は台与! 大彦は台与!??
ウマシマジは台与! 阿蘇都媛は台与
沼河比売は小楯姫=台与 タケミカヅチは台与!!
ヤマトタケルは台与 瓊瓊杵尊:ニニギは台与
継体天皇はトヨ(台与)??! 継体天皇は台与2~大々杼郷:楯原神社
継体天皇は台与3~田井(寝屋川市) 英彦山と台与