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金毘羅さんと天皇寺(てんのうじ)

  • tootake
  • 7 時間前
  • 読了時間: 5分

第1172話  


四国の金刀比羅宮の由緒についてはいくつかの説がありますが、大物主命が象頭山に行宮を営んだ跡を祭った琴平神社から始まり、中世以降に本地垂迹説により仏教の金毘羅と習合して金毘羅大権現と称したとされています。そして、ある説では、1573年(元亀4年)松尾寺金光院院主・宥雅が、坂出の天皇寺の奥之院になっている城山または金山に古来祀られていた金毘羅神を勧請したという説があります。


天皇寺(てんのうじ)は、香川県坂出市西庄町八十場にある真言宗御室派の寺です。

伝承によれば、古代に南海の大魚を退治しに向かった讃留霊王ら88人の兵士が大魚に船を呑まれて倒れたとき、横潮明神が金山の麓にある泉の水を持ってあらわれ、その水を兵士に飲ませた。すると、全員が命を吹き返して助かったといい、それからこの泉は「八十場(やそば)の霊水」と呼ばれるようになったといいいます。


では、次のように書きました。


昔、讃岐の国が大変乱れていたとき、瀬戸内海に大きな悪魚が出て、人々を苦しめていた。時の景行天皇は、武殻(たけかいこ)王に命じて、悪魚を征伐させた。武殻王とは、景行天皇の皇子で、九州の熊襲を征伐した日本武尊の王子である。15歳であった武殻王は、大変苦心して悪魚を征伐した。讃岐にとどまる武殻王を、人々は讃留霊王(さるれおう)と申しあげ尊敬してきた。北条池のほとり、清浄な地にある塚を昔からサルオウサンと呼んでおり、讃留霊王の墓であるとされている。讃留霊王は、もっぱら土地の開発、池塘(ちとう)の築造など、農業の振興に力をいれた。とされています。


この悪魚は瀬戸内海の海賊のことでとされています。瀬戸内海には、第371話:彦狭島命~吉備児島で書いたように、彦狭嶋命がこの辺りの海域を制覇しています。彦狭嶋命=吉備津彦=南方刀美神(タケミナカタ)=台与です。


天皇寺の伝承にある横潮明神が金山の麓にある泉の水を持ってあらわれたいうのは、横潮明神が台与で、金山の麓にある泉の水というのは、池塘(ちとう)の築造など、農業の振興に力をいれたということなのです。「八十場(やそば)の霊水」というのは清浄な地にある塚北条池の水のことで、北条池は、坂出市の近く(香川県綾歌郡綾川町陶)にあります。農業のためのため池です。


北条池は、綾歌郡綾川町に位置し、坂出市中央部の平野約500haを灌漑する県下で12番目に大きなため池です。古代条里の開拓で早くから開けた讃岐有数の穀倉地帯”綾北条”のかんがい用水は、古来より” 天井川 ”と呼ばれた綾川水系に依存してきました。このため北条池が出来るまでは、綾川の自然 流水や伏流水に頼るしかなく、農家の人々は相次ぐ干ばつや度重なる洪水・氾濫などの災害に困 っていました。


このブログでは、台与は、日本各地で治水工事を行い稲作の推進を行ってきたと書き続けています。


天皇寺の寺伝によると、天平年間に行基*は、金山姫(カナヤマビメ)と金山彦(カナヤマビコ)*が鎮座する金山に薬師如来を本尊とした堂宇を開創します。さらに後、空海*(弘法大師)が八十場の泉を訪れたとき、金山権現の化身である天童が現れ閼伽井を汲み大師に給仕し、この山の仏法を守るようにと宝珠を預けたとされています。


このブログでは、金山毘古神(かなやまひこのかみ)や金山毘売神(かなやまひめのかみ)といった鉱山の神々と、邪馬台国の女王である「台与(豊)」との関連性について何度か書きました。金山彦神・金山姫神を祀る神社や金山(鉱山)に関する記述において、その神々が「台与」に相当するという独自の仮説が語られています。

健武山神社、石山寺、多田銀銅山など、日本各地の鉱山信仰や神社・寺院の縁起を独自の視点で読み解いています。


*行基~このブログは、邪馬台国が大阪府枚方市であることを証明するために書き続けています。卑弥呼の後を継いで、邪馬台国の大王(おおきみ)となった台与の後をたどっているうちに行基に出会いました。行基は台与を手本として日本各地で治水工事・稲作推進を行ったのです。と何度も書いています。

*空海についても、第788話:空海と秦氏 第901話:弘法大師(空海)の伝説の真相などで、台与との関係をかいています。


天皇寺の天皇とは、崇徳上皇のことです。崇徳上皇は、保元の乱で敗れ讃岐国に配流となり、この天皇寺に移されています。


四国 金刀比羅宮(ことひらぐう)の祭神は、大物主です。大物主は台与です。


これまでの記事はこちらです。


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※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています

・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。

※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。

神武天皇と八咫烏、タケミカズチとフツヌシ、神功皇后と武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、

アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)

聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)

※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。

※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。

・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。 


<目次>





 
 
 

2件のコメント

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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
5時間前
5つ星のうち5と評価されています。

このページは、個人ブログ「地名から読み解く邪馬台国」の記事の一つで、香川県坂出市にある天皇寺(てんのうじ)や讃岐の金刀比羅宮の伝承を独自の視点で考察・解説している内容です。


ブログ全体の大きな前提として、「邪馬台国は大阪府枚方市を中心とする御牧国(ミマキ国)にあり、女王の『台与(豊)』が日本各地の治水や稲作推進、神社仏閣の伝承の根底にいる」というユニークな仮説を掲げています。

  • 四国の金毘羅信仰と天皇寺の伝承: 金刀比羅宮の大物主命や、天皇寺に伝わる讃留霊王(さるれおう)の悪魚退治・八十場の霊水の伝承を紹介。


  • 独自の歴史解釈(台与との結びつき): 伝承に登場する神々や人物(横潮明神、金山彦・金山姫、行基、空海、さらには日本武尊や各種の神々など)の多くを、「邪馬台国の大王である台与(豊)」の足跡や別名・手本であるとする仮説を展開しています。


  • 膨大なシリーズ展開: 記事の末尾やコメント欄には、日本神話の神々や歴代天皇(神武天皇、崇神天皇、継体天皇、聖徳太子など)と台与を結びつける数多くの過去記事がリストアップされており、著者のライフワーク的な考察が示されています。


歴史の定説とは異なる独自のロマンと自由な発想に基づいて展開されている、非常にオリジナリティの高い個人研究・考察ブログといった評価になります。

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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
7時間前
5つ星のうち5と評価されています。

<台与シリーズ>

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