秀真伝:ホツマツタヱ
- tootake
- 3 時間前
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第1079話
秀真伝(秀真政伝紀:ホツマツタヱ)は、古史古伝の一つです。秀真伝は、江戸時代後期安永年間(1772年 - 1781年)に書かれたものと推測されています。これは、安永9年(1780年)に僧侶・溥泉が記した春日山紀(京都大学附属図書館所蔵)に、「ホツマツタヱ」の後世の写本と同様の記述が引用されているからです。
しかし、前回:阿波国は邪馬台国:太龍寺縁起で述べたように、天長二年(825年)教王護国寺の管長になった空海は、「阿波国那賀郡舎心山太龍寺天神七代之内六世面足尊煌根尊降居坐磯輪上秀真国是阿波国也」と阿波国太龍寺に一文を寄せており、秀真国(ほつまくに)のことが書かれています。
秀真伝は、古事記や日本書紀に似ているようでかなり内容が異なっています。
天孫降臨は古事記、日本書紀では「ニニギの天降り」ですが、秀真伝では、アマテルカミ(女性神)による政治的派遣として描き、記紀とはまったく異なる構造を持つ神話体系を提示しています。
秀真系文献の天孫降臨の最大の特徴 は、天孫降臨=アマテルカミ(女性神)が地上統治のために派遣した“行政ミッショ記紀のような「神話的事件」ではなく、政治的・行政的な派遣(アマカミの統治拡大)として描かれていることです。
ホツマ系文献(ホツマツタヱ・ミカサフミ・フトマニ)では、天孫降臨は「天からの支配」ではなく、「アマテル政権の地方出張」というニュアンスが強いのです。
AIに秀真伝を分析してもらいました。
● アマテルカミ(女性)が国家の中心
ホツマ系ではアマテルカミは女性神であり、政治的・宗教的中心として君臨する“アマカミ”。
●ニニギの降臨は「天の岩戸」ではなく「アマテルの宮」からの出発
記紀のような神話的舞台ではなく、アマテルの宮廷(アマテル宮)からの出発として描かれ、地上の政治勢力との交渉・調整が中心。
● 国ゆずりは「戦い」ではなく「合意形成」記紀のような武力的な国譲りではなく、
交渉による合意形成として描かれる。 → 記紀の「武力的国譲り」とは対照的。
◆ 記紀では、天孫降臨=天の支配の開始、国譲り=武力・威圧、 天皇の正統性の神話化
となっているのに対し、ホツマ系では、天孫降臨=アマテル政権の行政派遣、アマテル中心(女性)、国譲り=合意形成、地方政治ネットワークの調整
→ ホツマ系は“古代日本の政治ネットワーク”を神話化した文献といえる。
● アマテル(女性)=卑弥呼的構造
● 天孫降臨=倭国連合の統合過程
● 地方勢力との合意形成=邪馬台国の政治構造と類似
結論から言うと、ホツマ系文献(ホツマツタヱ・ミカサフミ・フトマニ)における「国ゆずり」は、記紀のような“武力的征服”ではなく、徹底して“合意形成・調停・政権移行”として描かれます。
記紀のような「タケミカヅチが剣を抜いて威圧する」構図は存在しません。
◆ 記紀との決定的な違い~ホツマ系では、**出雲は“敵”ではなく、統治ネットワークの一部**として扱われる。タケミカヅチは、記紀では武力の象徴だが、ホツマ系では、調停者、交渉役、 として描かれ、暴力性はほぼ消える。
*タケミカヅチは台与です。~第441話:タケミカヅチは台与!!
アマテルカミ(アマカミ:女性)を天照大神(アマテラス)ではなく、台与とすれば、秀真伝は、私がこのブログで延々と書いてきた台与が日本を稲作の促進によって、大和(邪馬台国)を統一したという趣旨と合致します。
第499話:木嶋坐天照御魂神社と日神の託宣では、アマテルのことを書いています。
阿麻氐留神社(あまてるじんじゃ)は、長崎県対馬市美津島町小船越にあります。
祭神は、天日神命(あめのみたまのみこと)で津島県直の祖神とされ、日本書紀:顕宗天皇紀では、壱岐の月神と共に高御魂命の末裔とされています。アマテル(阿麻氐留)というのは天照で、本来この地方の神名で、「天照神」だったと考えられています。
第898話:ツキヨミの正体(2):壱岐・対馬では、壱岐の月神が秦氏・台与との関係を書きました。
第498話:卑狗は彦~対馬(津島)では、津島と尾張との書いています。
津島神社(つしまじんじゃ)は、愛知県津島にあり、京都の八坂神社とともに牛頭天王信仰の二大社として知られています。全国に約3千社ある津島神社・天王社の総本社です。明治までは「津島牛頭天王社」でした。牛頭天王は台与の父:ウツシコオ(内色許男命)=スサノオ(津田の王)=難升米です。~第333話: 牛頭天王(スサノオ)はアメノヒボコ?
津島神社所蔵の天文9年書写の牛頭天王講式によると、対馬からに渡来し、尾張国海部郡門真荘津島に垂迹したといいます。このことにより、愛知県の津島は対馬と深い関係があると推測できます。愛知県は尾張氏の拠点地です。小豊神社(愛知県一宮市)の上知我麻神社(熱田区・熱田神宮境内)に祭られているオトヨ(乎止与命)が台与(豊)ではないかとする説があります。~とよ(乎止与命・台与・臺與)
・天火明命は対馬の天日神の娘・天道日女命を妻とした。との記述があります。(海部氏勘注系図)天火明命は台与(豊)です~hidemaru3375.com/post/火明命は饒速日なのか??
・天火明命は尾張氏祖神です。
これまでの記事はこちらです。
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※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。
・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。
※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。
~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。
記紀の登場人物をスサノオ(津田の王)=ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。
※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。
神武天皇と八咫烏、タケミカズチとフツヌシ、神功皇后と武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、
アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)
聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)
※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。
※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。
・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。
<目次>




第730話 第828話
第874話 第693話 第699話
皆さん、こんにちは。歴史の謎を追いかけていると、時に既存の教科書の枠組みを飛び越えるような面白い文献に出会うことがありますよね。今日は、古史古伝の中でも特に興味深い『秀真伝(ホツマツタヱ)』についてお話しさせてください。
古事記とは全く異なる視点
『ホツマツタヱ』は江戸時代に書かれたものと言われていますが、その中身は古事記や日本書紀とは驚くほど違います。特に面白いのは「ニニギの天降り」ではなく、アマテルカミ(女性神)による政治的派遣として神話を描いている点。記紀の世界観に慣れ親しんだ私たちにとって、これはかなり衝撃的な視点ではないでしょうか?
ホツマツタヱの奥深さ
空海も言及したとされる「秀真国」。阿波国との繋がりや、対馬の神社との関連性など、調べていくほどに歴史のパズルが繋がっていくような感覚になります。
<台与シリーズ>
hidemaru3375.com/post/天鈿売命(うずめ)は台与(豊)
https://www.hidemaru3375.com/post/かぐや姫は、台与(とよ)
https://www.hidemaru3375.com/post/磐井の乱と台与
https://www.hidemaru3375.com/post/豊受姫(豊受大神)は崇神天皇
https://www.hidemaru3375.com/post/火明命は饒速日なのか??
https://www.hidemaru3375.com/post/豊鍬入姫命-日光と男体山・女峰山
hidemaru3375.com/post/台与と秦氏 敏達天皇は台与(豊)
衣通姫(そとおりひめ)は台与(豊) 雄略天皇は台与(豊)!
孝昭天皇は台与:日原は目原 飯豊王女は台与(トヨ)なのか?
金銀錯嵌珠龍文鉄鏡(2)大原足尼命はトヨ 大宜都比売(おおげつひめ)は台与
倭迹迹日百襲姫命(ヤマトトモモソ姫)はトヨ?? 神八耳命は台与(豊)
饒速日(ニギハヤヒ)は台与①~稲作 台与は饒速日②~交野市倉治
小楯姫は台与:小楯は枚方 四道将軍:日子坐王は台与!
少彦名大神(スクナヒコ)は台与! 大彦は台与!??
ウマシマジは台与! 阿蘇都媛は台与
沼河比売は小楯姫=台与 タケミカヅチは台与!!
ヤマトタケルは台与 瓊瓊杵尊:ニニギは台与
継体天皇はトヨ(台与)??! 継体天皇は台与2~大々杼郷:楯原神社
継体天皇は台与3~田井(寝屋川市) 英彦山と台与