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碓井貞光~頼光四天王(4)

  • tootake
  • 2025年10月12日
  • 読了時間: 5分

第833話


頼光四天王について、これまで、渡辺綱、坂田金時、卜部季武について書いてきました。 

・金太郎は、息長氏と鉄との関係(金太郎と台与

・渡辺の綱は、渡辺姓の由来について(渡辺綱:坐摩神社(いかすり)

・卜部季武は中臣氏との関係(卜部季武)について書きました。

今回は、碓井貞光です。


碓井貞光は、力と忠義に優れた武士で、四天王の中では坂田金時と並ぶ武勇の持ち主で、鬼退治の際には先陣を切って戦ったとされています。碓井氏の祖とされ、関東方面にも縁がある人物です。


碓井といえば、碓井峠を思い起こします。碓井峠にはヤマトタケルにまつわる伝説が存在します。特に「吾嬬者耶(あづまはや)」という嘆きの言葉に関連する逸話が有名です。


日本書紀によるとヤマトタケルは東征の帰路、碓日坂(碓井峠)に登り、眼下の雲海を見て、走水で入水した妻・弟橘媛(おとたちばなひめ)を偲び、「吾嬬者耶(あづまはや)」と三度嘆いたと伝えられています。この言葉は「我が妻よ、ああ…」という意味で、これに由来して関東地方を「あづま(東国)」と呼ぶようになったとも言われています。

勿論、この話も作り話で「あづま」とは、東の果(はて)という意味です。ちなみに西の果は、「さつま:薩摩」です。


「ツマ(つま)」という語には「端(はし)」や「果て」という意味があるとされ、「アヅマ」は「ア(接頭語)」+「ツマ(端)」で「東の端(果て)」を意味するという説があります。「サツマ(薩摩)」も「ツマ=端」に「サ(接頭語)」がついた語で、「西の果て」を意味するという説があります。つまり、「アヅマ」と「サツマ」は、東西の辺境を表す対語的な関係にあるという見方です。


つまり、信州から薩摩までが、邪馬台国だったのです。それよりさらに東を目指したのが台与でその活動が、ヤマトタケルの伝説となったのです。


碓井峠には熊野神社と熊野皇大神社があり、ヤマトタケルが八咫烏(やたがらす)の導きで峠に辿り着いたことを感謝して祀ったとされます。

第439話:ヤマトタケルは台与 

八咫烏(ヤタガラス)はウツシコオです。~八咫烏もウツシコオ

熊野の神とは、台与とスサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)です。~第543話:熊野の神々


碓井貞光は関東でも活躍したと伝えられています。特に上野国(群馬県)や相模国(神奈川県)に関わる伝承が複数残されています。

  • 群馬県の四万温泉の由来~伝説越後から上野国へ向かう道中、碓井貞光が読経していると山の神霊から「四万の病悩を治す霊泉を授ける」とのお告げを受け、温泉を発見したという伝承があります。これが現在の群馬県・四万温泉の由来とされています。

  • 碓氷峠の大蛇退治(相模国・上野国境)~碓井貞光が帰郷した際、碓氷峠に住み着いた巨大な毒蛇を十一面観音菩薩の加護のもとで退治したという逸話があります。その後、碓氷山定光院金剛寺を建立し、観音像と大蛇の頭骨を祀ったとされます。

  • 子孫の関東武士団との関係~貞光の子・平忠通は三浦氏・鎌倉氏・土肥氏など、関東の有力武士団の祖とされる説もあり、碓井氏の系譜が関東に深く根を下ろしていたことがうかがえます。


※温泉、観音、大蛇(龍)はこれまでのブログで台与のキーワードとして登場しています。


碓井貞光の出身地は、相模国碓氷峠付近とされ、関東と中部の境界に位置します。この地理的条件も、彼の活動範囲が関東に及んだ背景と考えられます。


第830話:金太郎と台与で書いた太郎(坂田金時)を発見したのもの碓井貞光とされています。碓井貞光が樵に身をやつし、強い人材を探して旅をする中、足柄山で金太郎を見いだし、源頼光のもとへ連れて行ったという話もあります。これは相模国の足柄山が舞台で、関東南部における活動の一端を示しています。


頼光は、頼光四天王をひきいて、丹波国大江山での酒呑童子討伐や土蜘蛛退治したとされています。第828話:久伊豆神社:関東武士は土蜘蛛!では、土蜘蛛とは台与直属の軍団・土木工事集団であったとしました。頼光はかつて台与の直属の軍団・土木工事集団であった土蜘蛛の子孫たちをまとめ上げて部下にしたのだと私は推測します。


碓井峠の近辺には、有名な観光地の安曇野があります。第824話:穴太寺と穴太衆=土蜘蛛では、「穴太衆とは、台与(秦氏)の土木事業を請け負う工事人だったと思います。穴太衆は穴=鉱山の掘削もやって土蜘蛛ではないでしょうか。」としました。穴太衆=安曇族=土蜘蛛ということです。 


関連項目:頼光四天王(1)~金太郎と台与

    :頼光四天王(2)~渡辺綱:坐摩神社(いかすり)    

    :第460話:酒吞童子と茨木童子


   これまでの記事はこちらです。


※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。

・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。

※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。

 ~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。

記紀の登場人物をスサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。

※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。

神武天皇と八咫烏、フツヌシとタケミカズチ、神功皇后 武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、

アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)

聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)

※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。

※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。

・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。 


<目次>




 
 
 

1件のコメント

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tootake
2025年10月11日

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