八面大王と八女大王
- tootake
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第947話
魏石鬼窟(ぎしきのいわや)は、長野県安曇野市穂高*有明にある古墳です。穂高古墳群(うちD群)を構成する古墳の1つで、安曇野市指定史跡に指定されています。坂上田村麻呂に対抗するために魏石鬼八面大王がたてこもった岩屋といわれておます。
安曇野に巣食う悪鬼「魏石鬼八面大王」は、その悪行から坂上田村麻呂*に討伐されたと伝わります。しかし、地元の安曇野では八面大王は優れた首領と愛されていました。
八面大王とはこの地の阿曇族だと考えられます。
なぜ阿曇族は討伐されなければならなかったのか?そして、八面大王を討伐したのは本当に坂上田村麻呂なのか?~魏石鬼八面大王②|安曇野を治めた八女大王の抗戦 | 馬の駆ける速度で地球旅|神話を歴史へ
そして、八面大王とよく似た八女大王の伝説もあります。
八女大王伝説は、長野県の安曇野地方に伝わる伝説上の人物で、地元では「饅頭鬼」とも呼ばれていました。彼は手下の鬼たちを従えて村を襲い、食べ物や家畜、財宝を奪ったり、女性をさらったりと、住民を苦しめていたとされています。
八女大王は、長野県の安曇野市にある有明山に住んでいたとされる鬼であり、特別な力を持っていたため、坂上田村麻呂が退治に向かったされています。
八女大王の正体については、いくつかの説があり、一つの説では、八女大王は「八女の大王」の名前から名付けられたもので、これは北九州で6世紀初めに継体帝に滅ぼされた筑紫の君を指しています。彼は継体帝から逃れ、安曇族と共に信濃にたどり着き住みついたとされ、その末裔が八女大王であると考えられています。また、八女大王は「八面大王」とも呼ばれ、これは八つの顔を持つという意味から来ているとされています。 ということは、
八女大王=八面大王ということです。
*安曇野穂高については、第834話:穂高・佐久・上高地:地名の由来で、なぜ海人族・安曇氏が山国の安曇野に入植したのかについて述べました。安曇野とウツシコオの関係については、第361話:宇都志国玉神と宇都志日金拆命で宇都志日金拆命は、スサノオ(津田の王)=ウツシコオ(内色許男命)で書いています。
*坂上田村麻呂の伝説については、このブログで何度も書いてきています。
第942話:坂上田村麻呂と毘沙門天
第941話:坂上田村麻呂と金
第911話:清水寺と坂上田村麻呂
第875話:立木神社・香取神宮・春日大社
第840話:坂上田村麻呂:田村神社
◎坂上田村麻呂=台与です。
*継体帝に滅ぼされた筑紫の君とは、磐井のことです。
第907話:石井源太夫・鳥羽宿禰は磐井=継体天皇
で磐井は、台与としています。ちなみに継体天皇も台与です。
上記により、八面大王=八女大王=台与と思われます。地元の安曇野では八面大王は優れた首領と愛されていました。台与とウツシコオが安曇の事業があまりにも優れていたので、鬼伝説になったのです。~第421話:鬼の正体
台与とスサノオ(津田の王)=ウツシコオ(内色許男命)=難升米が行った優れた安曇の事業とは、→次回に続く(予定)
これまでの記事はこちらです。
※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。
・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。
※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。
~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。
記紀の登場人物をスサノオ(津田の王)=ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。
※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。
神武天皇と八咫烏、フツヌシとタケミカズチ、神功皇后 武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、
アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)
聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)
※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。
※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。
・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。
<目次>




阿蘇都媛は台与
鉱物資源と邪馬台国(5)~高千穂・多祁理宮の宮
【不死身の霜の鬼】鬼八(きはち)とは?九州に伝わる祟り神をやさしく解説! | ちょげぶろぐ
磐衝別命と健磐龍命
高千穂神社 - Wikipedia
<台与シリーズ>
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https://www.hidemaru3375.com/post/かぐや姫は、台与(とよ)
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