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ダイダラボッチ(4):弥五郎どん

  • tootake
  • 20 時間前
  • 読了時間: 5分

更新日:12 時間前

第1071話 


弥五郎とは南九州地方、主に宮崎県、鹿児島県、伝説の巨人(大人伝説)=ダイダラボッチ

です。最も有力な伝説は、七二〇年の隼人の乱で殺された隼人の首領の名と伝くわっており、大人弥五郎とも言われています。


大人弥五郎は、山に腰かけ海の水で顔を洗う程の巨駆を誇ったという。宮崎県に伝わる伝承では「洪水で川の土手が決壊し村人が困った時、軽々と持ち上げた大岩で塞いでくれた」「川の水を大岩でせき止めた」「高い山に登り、雲をかき回して雷が鳴るのを鎮めようとして村人を驚かせた」など、一般の人間達とは、時に助け時に困らせるなどしつつ、概ね友好的な関係を築いていた巨人とされています。


弥五郎どんとは、武内宿禰だという説もあります。

このブログでは、隼人=熊襲=スサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)=難升米・台与としてきましたので、弥五郎どんとは、武内宿禰=ウツシコオ・台与というのは、納得できます。


ウツシコオ・台与(=秦氏)が日本の各地で洪水を防ぐための河川の改修を行ってきたことは、このブログで何度も述べています。


大人弥五郎が、「洪水で川の土手が決壊し村人が困った時、軽々と持ち上げた大岩で塞いでくれた」「川の水を大岩でせき止めた」「高い山に登り、雲をかき回して雷が鳴るのを鎮めようとして村人を驚かせた」などの記述は、スサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)=難升米・台与(=秦氏)が河川の改修工事を行ったことを言っているのです。


具体的な地名として、山之口の的野、大隅の岩川、飫肥の田之上が弥五郎三兄弟として有名です。その他にも七人の弥五郎が知られており、すなわち、川南町の七股、清武町の木原、田野町の鰐塚、都城の三跨、山之口の人畚、有明町の挿棒、大隅桑原郡の稲積などです。 


・山之口の的野には、的野正八幡宮(まとのしょうはちまんぐう)があり、息長足姫命、誉田別命、玉依姫命が祀られておりこれらの神は台与のことです。

大隅の岩川には、岩川八幡神社があり近くには、弥五郎どん像があります。

飫肥の田之上には、田ノ上八幡神社があります。大隅国桑原郡に稲津弥五郎というものがおり、大隅国一宮八幡の御神体を背負い来て、この地に祀ったといいます。

桑原郡の「桑」、稲津弥五郎の「稲」は台与のキーワードです。~第1022話:天熊人命:桑原神社

・川南町の七股には、小丸川が流れており、水力発電所があることから、流れが急であることが分かります。近くに白鬚神社があります。白鬚=猿田彦=ウツシコオです。

・清武町の木原~清武川が流れており、波摩山大権現(はまやま だいごんげん)があります。修験道の歴史があり霊地とされています。権現は台代です。

・田野町には、ひむか神話街道があります。

・都城の三跨、三股町は沖水川 大淀川、横市川が合流すると地点にあります。

三股町宮村には、御年神社があります。御年(=大歳=饒速日:ニギハヤヒ)とは台与のことです。~饒速日(ニギハヤヒ)は台与①~稲作  台与は饒速日②~交野市倉治

ちなみに、三股、三股は川が合流する地点のことで、川又=川俣のことです。

川俣姫は台与です。~第496話: 河俣毘売(かわまたびめ)~放出(はなてん) 

・有明町の挿棒とは、宮崎県児湯郡川南町有明地区のことでここにも白髭神社があります。

川南町は古くから隼人系伝承が点在する地域です。


このシリーズでは、ダイダラボッチが、呉の勝=秦氏=ウツシコオ(内色許男命)スサノオ・台与の一族であることを証明しようとしています。


次回に続く(予定)


<ダイダラボッチ・シリーズ>


これまでの記事はこちらです。


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※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています

・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。

※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。

 ~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。

記紀の登場人物をスサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。

※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。

神武天皇と八咫烏、タケミカズチとフツヌシ、神功皇后と武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、

アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)

聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)

※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。

※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。

・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。 


<目次>






 
 
 

4件のコメント

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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
10時間前
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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
16時間前
5つ星のうち5と評価されています。
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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
20時間前
5つ星のうち5と評価されています。

皆さん、こんにちは。「地名から読み解く邪馬台国」へようこそ。今回は、南九州に根付く伝説の巨人、「弥五郎どん」についてのお話です。皆さんは「ダイダラボッチ」と聞くと何を思い浮かべますか?日本各地に足を残すような巨大な存在ですが、特に南九州では「大人(おおひと)弥五郎」として親しまれています。


弥五郎どんの正体とは?

伝説では、山に座れば海で顔を洗うほどの巨体で、村人を助けることもあれば、時には驚かせることもあったといいます。隼人の乱に関わる伝説など、その背景は実に様々。中でも興味深いのは、弥五郎どんが「武内宿禰」説とリンクしているという点です。古代史のロマンを感じずにはいられませんよね。


深まる考察

私がこれまで追いかけてきた「隼人=熊襲=ウツシコオ・台与」。このつながりから見ると、弥五郎どんと武内宿禰の関係性が、よりクリアに見えてくる気がします。真実の鍵を握る河川改修の功績についても詳しく解説しています。

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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
20時間前
5つ星のうち5と評価されています。

<台与シリーズ>

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