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菊理媛神(ククリヒメ)~岐阜県可児市久々利

  • tootake
  • 2月19日
  • 読了時間: 7分

更新日:3月8日

岐阜県可児市「久々利」を訪ねて~菊理媛神(ククリヒメ)の謎に迫る!

古代史の探求者の皆様へ、こんにちは!


今回は、私が最近訪れて、その奥深さにすっかり魅了されてしまった、岐阜県可児市にある「久々利(くぐり)」という地名と、そこにまつわる神様のお話をお届けしたいと思います。歴史の謎や、神話に隠された物語がお好きな皆さんなら、きっとワクワクしていただけるはずです!


菊理媛神(ククリヒメ)~縁結びの神様、その素顔とは?

皆さんは、「菊理媛神(きくりひめのかみ)」、あるいは「菊理媛命(きくりひめのみこと)」という神様をご存知でしょうか?全国の白山神社に祀られる白山比咩神(しらやまひめのかみ)とも同一視される、とても神秘的な存在です。私が特に興味を引かれたのは、古事記に登場する伊奘諾尊(いざなぎ)と伊奘冉尊(いざなみ)の物語での役割です。黄泉の国から逃げ帰った伊奘諾尊が、伊奘冉尊との間に起きた口論を仲裁したのが菊理媛神だと言われています。その賢明な言葉で二柱の神を和解させたことから、「縁結びの神様」としても広く信仰されているんですよ。


ただ、この菊理媛神、いったい何を言ったのか、どんな神様なのか、その出自などは古事記にも詳しく書かれていないんです。この謎めいた部分が、また歴史のロマンを掻き立てられますよね。


地名「久々利」に隠された、もう一つの「ククリ」

さて、ここで私が注目したのが、岐阜県可児市にある「久々利(くぐり)」という地名です。この「久々利」という響き、どこか聞き覚えがありませんか?そう、「菊理媛神」の「ククリヒメ」という読み方と、とても似ているんです!

私自身、この地名を目にしたとき、「これは偶然だろうか?」それとも「何か深い繋がりがあるのでは?」と、歴史の探求者としての血が騒ぎました。そして調べを進めるうちに、この「久々利」という地名こそが、「ククリ」という読み方の根拠の一つではないか、という説があることを知ったのです。


「キクリ」ではなく「ククリ」と読むのが本来の響きである、という考え方。そして、まさにその「ククリ」という音を持つ地名が、岐阜県可児市に実在する。この事実に、古代の言霊や、地名に神話が宿るという考え方を改めて実感させられます。

この「久々利」にある白山神社の由緒・由来も、この土地に古くから伝わる神話の物語を紐解く鍵となるかもしれませんね。


地名から読み解く、古代への旅。

このように、一つの地名や神話の断片から、さらに多くの物語や謎が広がっていくのが、私たちが愛する古代史の魅力だと感じています。菊理媛神と「久々利」の地名の繋がりは、まさにそんな探求心をくすぐられるエピソードではないでしょうか。皆さんも、身近な地名に隠された物語を探してみてはいかがでしょう?


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第963話


菊理媛神、又は菊理媛命(ククリヒメ、キクリヒメ)は、加賀国の白山を始め全国の白山神社に祀られる白山比咩神(しらやまひめのかみ)のことです。


第115話:菊理媛神~大目は大日(守口市)で、菊理媛命(キクリヒメ)のことを書きました。菊理媛命は、神産みで伊弉冉尊(いざなみ)に逢いに黄泉を訪問した伊奘諾尊(いざなぎ)は、伊弉冉尊の変わり果てた姿を見て逃げ出した。しかし泉津平坂(黄泉比良坂)で追いつかれ、伊弉冉尊と口論になります。そこにあらわれた菊理媛神が何かを言うと、伊奘諾尊はそれを褒め、帰って行った、とあります。 菊理媛神が何を言ったかは書かれておらず、また、出自なども書かれていません。この説話から、菊理媛神は伊奘諾尊と伊弉冉尊を仲直りさせたとして、縁結びの神とされています。


菊理媛命は「ククリヒメ」とも読みます。「キクリ」ではなく「ククリ」と読むのが本当だと思われます。というのも岐阜県可児市に「久々利」という地名があるからです。


岐阜県可児市久々利には、白山神社があります。

白山神社の由緒・由来として次のように書かれています。

創祀未詳なれども、寛文七年九月再建の棟札あり。此の地や久々利郷旧支村丸山村の中にあり。円山とも書けり。往古「景行天皇此の山に登りまして四方を望見まして「まろが山ぞ」と言挙げし給ひしより付ける名なりと云ひ伝へたり。天皇と申すは誤りなるべし。「まろが山」とし給はんには入彦命ならでは似つかはしからず。と千村仲雄が著せる「泳宮考」*に記せり。祭神菊里媛命はククリ媛とも称し、久々利の村名と同様にもこれあり。且つ本村郷社八幡神社摂社及び村社稲荷神社摂社にも此神を祀れり。縁由の詳かなるは知らずと雖も拠り所ありげに思ゆるなり。古来よく菊里姫神社鎮座なるによりてくくりの里と号けけんも亦知るべからず。古来よりの村社なり。


*泳宮とは、久々利ある古くから語り継がれてきた古代の史跡のことです。

日本書紀の景行天皇が美濃に行幸して滞在した際、八坂入彦命の娘で美人の弟姫(おとひめ)を見初め、池を造り、鯉を放って弟姫を呼び寄せた。弟姫は、自分より美しく気立ての良い姉の八坂入媛(やさかいりひめ)がふさわしいと、姉に后の座を譲った。八坂入媛を后にし、七男と六女を産み、第1が稚足彦天皇(わかたらしひこのすめらみこと:第13代天成務天皇)という。


この記述にある、池を造り弟姫と出会った場所が泳宮であるとされています。


成務天皇の諡号の稚足彦天皇(わかたらしひこのすめらみこと)の、稚は若、足彦(たらし)であることから、台与であることが窺われます。


第115話:菊理媛神~大目は大日(守口市)では、大阪府守口市に白山神社( しらやまじんじゃ) 〒570-0003があります。御祭神は、菊理媛命・伊弉諾尊・伊弉冊尊・天児屋根尊・経津主尊・武甕槌尊です。


などの記事を書いており、記紀にある十市県主大目の守口市大日(だいにち)であることからも、菊理媛命は、菊理媛命・伊弉冊尊・武甕槌尊は台与です。

伊弉諾尊・天児屋根尊・経津主尊は、スサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)=難升米です。


※上記により、菊理媛命(ククリヒメ)は、成務天皇であり、成務天皇は台与で岐阜県可児市久々利に滞在していたため泳宮の伝説が作られたのです。




これまでの記事はこちらです。


※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。

・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。

※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。

 ~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。

記紀の登場人物をスサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。

※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。

神武天皇と八咫烏、フツヌシとタケミカズチ、神功皇后 武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、

アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)

聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)

※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。

※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。

・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。 


<目次>





 
 
 

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