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麗美嬢子:やかわえ姫

  • tootake
  • 1 時間前
  • 読了時間: 5分

第1085話


京阪電車の宇治線に黄檗駅と六地蔵駅の間に木幡駅(京都府宇治市木幡)があります。

古事記に、応神天皇(ホムタワケ)が木幡で宮主矢河枝比売との出会ったことが書かれています。日本書紀では「宮主宅媛(みやぬしやかひめ)」


前回:額田王(ぬかたのおおきみ)は、、、「麗美嬢子」といういかにも美人でありそうな人物がいます。次回で紹介する予定です。と書いた麗美嬢子はこの宮主矢河枝比売のことです。


麗美嬢子(矢河枝比売)にはさらに葦那陀迦神(あしなだかのかみ)、八河江比売という別名もあります。

葦那陀迦神とは、「葦な高」で葦の丈が高いこととする説があり、また、邪気払いの力を持つ葦が繁茂することを意味し、生命力や国力の繁栄を表象するといいます。

八河江比売について、川の入り江に葦が繁ることとする説や、祝詞や記歌謡などに見える「ヤグハエ」「ヤガハエ」の言葉との関連から葦とのつながりを推測する説があります。


八河江比売は、多くの川の入り江の巫女の意と捉える説があり、川の入り江は葦の繁茂地となることから、葦那陀迦神の別名となったとする説があります。また、「八河江」をどこかの地名と捉える説もある。祝詞の文言や『古事記』の歌謡に見える「やくはえ」「やがはえ」という語に関係があるとする説もあり、春日祭の祝詞などに「伊加志夜久波叡(いかしやくはえ)」とあり、この語は、繁茂した桑の枝のように、という意味で、繁栄を比喩していると解されています。古事記:仁徳天皇段では「やがはえなす」と、大勢の臣下を引き連れたさまを比喩しています。

八河江比売は、大国主神の系譜中に登場しています。なお大国主の最初の妃は八上姫比売です。


矢河枝比売はワニ氏(和珥氏・丸迩氏)に属するとされています。

ワニ氏については、第1066話:小野氏を考える(4):和珥(ワニ)氏:で書いたように台与・ウツシコオと関連の深い一族です。


古事記は宮主矢河枝比売を「丸迩之比布礼能意富美の女」と記しており、これは一般に「ワニ(丸迩) の ヒフレ(比布礼) の オホミ(意富美) の娘」と読まれるため、矢河枝比売が丸迩(ワニ)系の比布礼能意富美の娘として紹介されています。

日触使主(ひふれのおみ、比布礼能意富美)は、滋賀県大津市小野にある小野神社で小野一族の祖であると共に餅及菓子の匠・司の始祖で米餅搗大使主命(たがねつきのおおおみのみこと)と同一人物です。


滋賀県大津市小野にある小野神社で小野一族の祖であると共に餅及菓子の匠・司の始祖であ天足彦国押人命と米餅搗大使主命(たがねつきのおおおみのみこと)の二神を祀っています。天足彦国押人命=米餅搗大使主命=応神天皇(ホムタワケ)=台与です。


古事記に応神天皇が淡海への行幸の途次「木幡村に到り坐しし時」和珥日触使主の娘矢河枝比売と会い、后としたという話がみえ。宮主宅媛の父親であるワニのヒフレのオホミはホムタワケを家に呼んでご馳走でもてなします。「万葉集」にこの時、ホムタワケが詠んだ歌が載っています。


この蟹や いづくの蟹   百伝ふ 角鹿の蟹


「記紀の考古学」の著者である森浩一先生は、この歌を「このカニはどこのカニや、わざわざ敦賀から取り寄せたんかいな」と大阪弁に翻訳しています。P251


古事記、日本書紀、卑弥呼、素戔嗚、台与などというとつい身構えてしまいますが、

この歌(会話)が台与とウツシコオ(内色許男命)スサノオ(津田の王=難升米のものだとすると、台与も素戔嗚も現代に生きる私たちと同じ感覚の持ち主であることが分かります。


最後になってしまいましたが、麗美嬢子(矢河枝比売)=葦那陀迦神(あしなだかのかみ)=八河江比売は、ウジノワキノイラッコ(宇遅能和紀郎子)の母親とされています。


ウジノワキノイラッコ=聖徳太子は台与です。~第342話:聖徳太子は菟道稚郎子


木幡は、宇治川渡河点から近江逢坂山(滋賀県大津市)へ続く古北陸道の要衝で、早くから駅馬の施設があったことが推定されています。


木幡は、私が邪馬台国とする内里(京都府八幡市)、巨椋池の北端にあり、まさに応神天皇が麗美嬢子に出会うのにうってつけの場所です。~第284話:邪馬台国は巨椋池


京阪電車の宇治線では、木幡駅の次が三室戸で次が終点の宇治です。


関連項目:第723話:三室戸寺~宇治(莵道)



これまでの記事はこちらです。


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※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています

・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。

※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。

 ~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。

記紀の登場人物をスサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。

※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。

神武天皇と八咫烏、タケミカズチとフツヌシ、神功皇后と武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、

アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)

聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)

※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。

※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。

・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。 


<目次>






 
 
 

2件のコメント

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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
1時間前
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皆さん、こんにちは。いつも歴史の謎解きにお付き合いいただきありがとうございます。今日は、ふと立ち寄った京都の木幡駅で感じた、古代史の息吹についてお話ししたいと思います。

実は古事記に登場する応神天皇が、この木幡という地で出会ったのが「宮主矢河枝比売(みやぬしやかわえひめ)」という女性でした。彼女は「麗美嬢子」とも呼ばれるほどの美しい存在。今回は、そんな彼女の謎に迫ってみました。

彼女には「葦那陀迦神」や「八河江比売」といった別名があります。特に葦は、古くから邪気払いや生命力の象徴とされてきました。この地名と神話の結びつきには、深い意味がありそうです。

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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
1時間前
5つ星のうち5と評価されています。

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