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卑弥呼の鏡~金銀錯嵌珠龍文鉄鏡

更新日:1月8日

第193話


金銀錯嵌珠龍文鉄鏡(きんぎんさく がんしゅ りゅうもん てっきょう)は、大分県日田市日高町にあるダンワラ古墳(ダンワラこふん)から出土しました。1933年(昭和8年)、国鉄久大本線豊後三芳駅付近で線路の盛土を採集している際、石棺が出土し、その中からこの鏡が発見されました。重要文化財として、現在は東京国立博物館に所蔵されています。


発見者によれば、石棺からは鉄鏡と同時に鉄刀、轡が出土し、近辺からは碧玉製管玉、水晶製切子玉、ガラス製小玉なども出土したといいます。この金銀錯嵌珠龍文鉄鏡は、日本で出土した鏡の中では最も豪華なものです。三国志の曹操の墓から出土した鏡とほぼ同じ型式である可能性があり、まさに皇帝の所有物にふさわしい最高級の鏡です。上垣内憲一先生は卑弥呼にふさわしい魏からの贈り物とされておられます。


ダンワラ古墳は、一説には当時の日田地方の豪族日下部氏(くさかべ)の古墳とも言われています。日下部氏は、彦湯支命(ひこゆき)を祖としています。


彦湯支命(ヒコユキ)は穂積臣、采女臣、物部連らの祖です。天皇に后を送り込むので木開足尼(キサキのすくね:后の宿祢)の別名をもっています。八咫烏の真実~ウツシコオ陰謀の始まり

ヒコユキはこのプログではすでにお馴染みの人物です。卑弥呼の弟の内色許男命:ウツシコオのことです。忌部氏(彦幸)~和歌山・名草

出石心大臣命の親ともされています。出石心大臣命はイカガシコオのことですから、この彦湯支命はウツシコオで間違いないでしょう。


研究者のたちは、このような豪華な副葬品が納められた理由は明らかでないと疑問に思っているようですが、私は何の疑問も感じません。この鏡は元々は卑弥呼のものだったのを子孫たちが引き継いだものでしょう。ウツシコオは、五十猛(饒速日)とともに九州にも拠点を持っていたことは既に述べています。



※これまでの記事はこちらです。

※このプログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。



金銀錯嵌珠龍文鉄鏡のレプリカ



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