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地名から読み解く邪馬台国


竹村屯倉(たかふ の みやけ)~三島郡
第1113話 #武生氏 #井於神社 #大身狭,小身狭 竹村屯倉(たかふ の みやけ)は、摂津国三島郡に設置された大和朝廷の直轄地です。屯倉(みやけ)は三宅(みやけ)とも書きます。 屯倉の範囲は、現在の摂津市の乙辻(おとのつじ)・小坪井・鶴野(つるの)と、茨木市の倉垣内(くらがうち)・丑寅(うしとら)の一帯辺りです。 三島竹村屯倉は大河内直味張(おおしこうちのあたいあじはり)のさし出す钁丁(くわよほろ)によって耕作され,これが河内県の部曲を田部(たべ)とすることのはじめである、としています。钁丁(くわよぼろ)とは、屯倉(みやけ)に付属する田地の耕作者(農夫)のことで、田部(たべ)とは大和王権が直接支配した人民のうち屯倉(みやけ)で耕作した者を指します。 欽明17年10月条によると、大身狭(おおむさ)、小身狭(こむさ)屯倉をおいたとき、処々の韓人(高麗人)をもっておのおのの田部としたとあります。 大身狭屯倉と小身狭屯倉は、古代日本の屯倉制度において重要な役割を果たした屯倉の一つです。これらの屯倉は、韓人や高麗人を含む人々を特定の地域に配置し、その
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7月19日読了時間: 5分
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